電車の風景

1999年開設したHP「阪神電車の風景」の書庫としてスタートしました。 阪神以外にもテーマを広げていくため「電車の風景」と変更しました。

蒸気機関車の観光列車は1979年に山口県で「SLやまぐち号」が、1975年SL定期運行廃止後初めて復活運転してから、現在は各地で復活運転されています。
今回、JR東日本運行「SLぐんま」の「SL高崎駅140年水上」を撮影してきました。学生時代の鉄道好き友人が、緻密な撮影スケジュールのもと撮影旅行に誘ってもらい同行させてもらいました。

高崎駅まで新幹線で行き、上越線の新前橋駅から少し歩いて撮影。想像したほど人はいませんでした。
211系も残り少なくなっています。
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「SL高崎駅140年水上」は、高崎駅開業140周年を記念して運行されました。同様に「EL/SL高崎駅140年横川」も運行されましたが、こちらは一方に電気機関車が付いて”プッシュプル”運転されています。
「SL高崎駅140年水上」は高崎駅、水上駅に転車台があるため蒸気機関車のみ先頭に立ちます。

さらに旧型客車(10系客車以前の旧型で蒸気機関車が牽引するのが似合う客車)であり、C61形蒸気機関車(旅客用テンダー式蒸気機関車。戦後D51を改造)牽引なのが魅力の編成です。


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快晴で暑い5月の群馬です。

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上毛高原駅まで新幹線で先回りし、月夜野の高台から。利根川の流れの向こうに列車が走ります。

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旧型客車が似合っています。
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煙が出ていたらなあ、と思っても今は沿線の迷惑になるので言えません。。
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水上の方角には雪を被った谷川岳。
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水上駅までバスで移動しました。駅前にはD51が保存されています。
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奥には転車台で方向転換したC61

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D51から改造されたとはいえ、ボイラーの縁がR取りされていて旅客用らしい貴賓?が。
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水上駅から高崎駅へ戻りますが、発車時刻まで時間があります。結構な人数が撮影場所確保で暑い日向で待っていましたが、筆者はテラスで座ってコーヒーを。

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ホームに比べ撮影場所はそれほど殺到しておらず、穏やかに撮影できました。

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バックの山も新緑で綺麗でした。
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新前橋駅
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汽車は出て行く、煙は、、あまり残りませんでした。
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撮影旅行に誘っていただきありがとう。
 


大学時代の鉄ちゃん友人A氏に誘われてドクターイエローを撮りにいきました。
場所は、昨年の新線開業で話題になった相模鉄道西谷駅から住宅地の階段を上がった高台です。

この日は夏の暑さでした。
新幹線の中でも人気のドクターイエローですが当然、点検用車両ですから運用は非公開ですが、色々詳しい方が調べているようです。予想された時刻に来ました。

4k動画からの切り抜き。
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4k動画です。



筆者は偶然見た以外のドクターイエローは初めてでした。40数年ぶりの鉄ちゃん同行、A氏ありがとうございました。

桜も散りつつある晩春の鎌倉散歩です。

江ノ電極楽寺駅
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保線作業の人が写っていますが、このお二人は線路の打音検査をしながら鎌倉高校前駅の先まで歩いていました。ご苦労様。
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極楽寺の境内はまだ八重桜が満開でした。
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ここには八重一重というサトザクラがあります。
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鎌倉高校前駅で降り、混んでいる日坂の踏切とは反対の腰越方向に。
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義経の腰越状で有名な満福寺
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腰越商店街の突き当たりにある龍口寺
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相模鉄道いずみ野線の弥生台駅の桜です。
弥生台駅は1976年4月、いずみ野線の開通時に開業した駅です。新線と駅周囲の大規模開発が同時に行われた典型的な新興住宅地です。
駅は半地下構造で駅前後はトンネルになっており、その斜面にソメイヨシノが植樹されたものですが、すでに半世紀が経過し、立派な巨木になっています。

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西側下方向のトンネルの上から桜と電車が見えます。
ちょうど、上下電車が並びました。
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橋上駅舎ですが、周りが小高いため地上と同じ高さに駅舎があります。
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駅南側
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ホームドアが設置されました。
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駅北側から
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上り方向の駅南側
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小雨が降り出しましたが、桜の色が映えます。
この年はソメイヨシノの開花がここ数年で最も遅く、満開後雨が降ってしまいましたがよく持ってくれました。

横浜にもかつて、1904年から1972年まで、路面電車が走っていました。途中、1910年に横浜市営になって、最終的にバス、地下鉄に切り替わり廃止されました。
筆者は、市電に乗った記憶がかろうじてある程度です。そもそも家がある戸塚区は市電は無く、最寄りの保土ヶ谷橋までバスで行き、そこから本牧三溪園で海水浴をしたのですが遠くまで時間がかかった記憶しかありません。海水浴も本牧が埋め立てられて跡に市民プールができましたが、その頃には自家用車で行くようになっていました。
そんなわけで市電に大して思い入れのない筆者ですから、横浜市電保存館にも行ったことがありませんでしたが、今回初めて訪れました。
行ってみると改めて市内交通の歴史を感じられてよかったです。

市電保存館は、車両基地であった磯子の滝頭にあります。桜木町方面からバスで来れますが根岸線根岸駅から歩いて20分程度、堀割川沿いにあります。堀割川は明治時代に丘を切り開いて作られた人工の川です。

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市電保存館は裏手にあります。
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1973年開館。1983年に建て直され横浜市営住宅の一階部分が保存館になっています。真ん中に立っている鉄柱は開通当初の架線柱だそうで、空襲の弾痕があります。
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中には、7両の実車展示があります。
個々の説明は筆者には知見がないので、展示パネルをそのまま掲載します。
500型
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1000型。この塗色が晩年の姿です。現在の市営バスにも引き継がれています。
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1100型
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1300型

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1600型
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1500型
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実車展示以外に、横浜市街鉄道の歴史パネル展示があります。なかなか見応えがありました。
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この場所は保土ヶ谷橋です。先述のように筆者には馴染みがあるところです。旧東海道が通る橋の名前ですが、市電は国鉄を挟んだ反対側の「新道」と通っていました。
写真は保土ヶ谷橋から井土ヶ谷方面への新線建設工事です。
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市電全盛期の路線図です。
横浜市の今の地域から考えるとずいぶん海岸線に偏った路線に見えますが、1939年(昭和14年)に鎌倉郡、都筑郡の一部が横浜市に編入されるまではこの範囲が横浜市でした。
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今では横浜の中心部、横浜駅ですが1960年代になって開発が進みました。
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横浜には珍しかったトロリーバスも走っていて、黒字だったのですが、市電とともに廃止されました。
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廃止直前の保土ヶ谷橋。最後まで三溪園に向けて走っていた4系統。
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最近になって公共交通もライトレール、電動化が見直されています。横浜市電は廃止当時トロリーバス化の計画もあったようですが、頓挫しました。写真のように電停は道路の真ん中にあって乗降しにくく車も走りにくい状況だったと記憶しています。
環境面で電車は優れていると思うのですが、今は電気自動車なのでしょうか。バッテリーが管理できる公共交通ならそれも良いですが、時間制バス専用レーンにしてトロリーバスを走らすようなことも一案と思います。

阪堺電車阪堺線を訪れたのは2023年11月でした。
新世界、通天閣も朝はまだ静かでした。
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通天閣の近くに阪堺電車阪堺線の始発駅、恵美須町駅があります。通天閣がわずかに見えます。
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ほぼ同じ地点で、1984年に撮影していました。
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通天閣がよく見えていました。
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恵比須町は終点ですが、隣の新今宮駅が実質の始発駅です。わずか500m程しか離れていません。
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JR新今宮駅の高架下に阪堺電車の新今宮駅があります。南海電車の新今宮駅はJRホームの反対側にあります。
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新今宮には星野リゾートのホテルが出来たりしてずいぶん変わりました。1984年当時、カメラを持って阪堺電車の恵比須町方向へ歩くとちょっと危険を感じる雰囲気でしたが。今後も新線なにわ筋線が計画されておりますます変化しそうな町です。

貨物駅は大都市の駅近くにありました。汐留駅や梅田駅のように廃止されて大規模開発用地になっています。横浜駅の東側にも大きな貨物駅がありました。それが高島駅です。ここはみなとみらい地区になって開発されて行きますが、みなとみらい地区は貨物ヤードだけではなく三菱造船などの工場敷地も含む一帯の開発地区なのでより広範囲です。

高島駅は横浜港の荷揚げ貨物の輸送を行うために高島線にあった貨物専用駅で、桜木町にあった東横浜駅、根岸線経由で神奈川臨海鉄道、山下埠頭線経由で山下埠頭駅などから来る貨物が集中する大きな貨物駅でした。
その歴史は大変複雑で、おいそれとは語れません。

ここでは高島駅と横浜機関区が廃止になった1986年11月の写真をご覧ください。

1986年10月10日の横浜機関区から高島駅を望む写真です。奥には横浜そごうと当時の先代スカイビルが見えます。ヤードには多くの貨車が見えます。

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1986年11月1日に横浜機関区が廃止になって、高島駅も高島信号所になって、さらに国鉄がJRになる1987年4月1日を控えていました。
以下の写真は、1986年11月6日の写真です。横浜機関区廃止後、解体を控えて一般公開をしたものだと思います。記憶にほとんどないので、なぜ中に入って撮影できたのか疑問だったのですが、同時期に同じように中に入って撮影した写真がネットにもあることと、わずかな記憶では、新聞の横浜地方版の記事で公開されていることを知って、その最終日だと思うのですが、午後になって急いで行って撮影したようです。

国道15号道路から見える横浜機関区の扇形機関庫外観。


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扉が開放されて、転車台が見えます。転車台は今、本牧市民公園にD51と共に保存されています。
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機関庫は当然蒸気機関車のために作られたもので、天井には集煙装置が残っていました。

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廃止された高島駅には、廃車になる車掌車が並んでいました。
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奥にそごうとスカイビルが見えます。
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首都高横羽線の高架が見えます。
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多分駐車場から撮影したと思います。高島線は運行されていました。
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まだまだ横浜駅東口地域に港の機能が残っていました。
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その後の高島駅は一度JR貨物駅に復活しますが1995年に廃止されます。
高島線は1989年の横浜博覧会のとき、桜木町から山下公園までレトロ調気動車を走らせたり、高島トンネルが出来て桜木町駅に直結したり変化がありました。
現在の高島線。高島ヤードの跡地の一部を通っていますがトンネルを含め当時の線路から変わっています。

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単線の両脇は高島水際線公園となり、再整備が進められています。



横浜駅東口は現在そごう横浜店、スカイビルがありその先は日産、京急の本社ビルやKアリーナ横浜などが広がるみなとみらい地区です。その間には帷子川河口がありますが、その水際に唐突に単線の線路があります。
この線路はJR貨物の東海道本線貨物支線(通称高島線)です。
東方向は鶴見駅から東海道本線を離れ貨物専用の東高島駅を経てやってきます。こちら側は高層ビルが立ち並んでいて未来都市から貨物列車が来たようなちょっと不思議な景色です。


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西側を見ると、トンネルに入り、その先は桜木町駅につながっています。

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みなとみらい地区もすでに多くのビルが立ち並んでいてその地下を貨物が潜り抜けている訳です。
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東側、神奈川区金港町栄町山内町は元々は倉庫地区でした。大きく変化しました。
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線路の両脇は高島水際線公園(たかしますいさいせんこうえん)です。

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工事中に発掘されたイカリのモニュメント。

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反対側には車輪。これも発掘されたそうですが、ナローゲージの蒸気機関車用動輪です。
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スカイビルとかもめ
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新しいKアリーナ。公園と周辺道路は観客に対応するために工事中です。
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この場所は元は貨物駅の高島駅と横浜機関区でした。
横浜駅の東口は大きな貨物ヤードが広がっていました。
1986年10月の写真です。

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1986年11月1日に廃止になりました。
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相模鉄道がラッピング車両として「おかいもの電車」を12月末まで運行しているというので見に行きました。

「おかいもの電車」とは、横浜駅西口の振興のため1960年(昭和35年)11月1日から運行していたヘッドマーク付き旧5000系電車でした。
筆者は「おかいもの電車」を見た記憶はないのですが、旧5000系の記憶はあります。しかし当時の5000系は急行にのみ充当され、横浜ー二俣川間ノンストップでした。筆者の実家からバスで行くと西横浜駅から乗車なので2000系の黄色で吊り掛け式駆動の古いのしか乗れなくて残念に思っていました。
子供にとってその性能よりも変わった塗色に興味がありました。色味はちょっと地味でしたが随分細く塗り分けされていました。

その後、相鉄の新性能車、直角カルダンドライブの車両は5000系と同じ塗色になってますます相鉄の色となりました。
1971年3月の平沼橋付近から見た相模鉄道新6000系です。

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前置きが長くなりましたが、その当時の色をラッピングで再現するという試みです。ヘッドマークもラッピングに印刷、おでこの前照灯、下の尾灯も印刷で表現されていました。
ただ前面だけで側面は元のままです。

湘南台駅にて。
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ゆめが丘にて
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かしわ台
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横浜駅でお買い物
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この塗色は1975年ごろに黄緑にオレンジの新塗色に切り替わりました。その塗色も今は無く(前の記事の6000系が保存されています)、変遷して今は「ヨコハマネイビーブルー」になっています。

相模鉄道の車両センターを訪れました。

相鉄本線のかしわ台駅で下車、西側の改札を出ました。
(ちなみに東側は旧大塚本町駅改札まで350mの通路を歩きます。)

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西側に車庫が広がっています。

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その奥が車両センターです。

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ここは車両整備工場ですが、保存車両があることでも有名です。入口に向かって歩くと蒸気機関車が見えてきました。

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正面入り口の受付で、蒸気機関車の見学を申し出ると許可していただけます。

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見学できるのは入り口に静態保存されている蒸気機関車と客車のみですので間違えないように。
神中鉄道時代の神中鉄道3号機関車です。

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大正時代の国産機関車です。

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客車は中に入れます。

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二重屋根で採光窓がついています。

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三等車ということで背もたれは木製です。二等車とかあったのでしょうか?

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腕木式信号機も保存されています。

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受付でお礼を言って、外側から北側道路に回り込むと外から保存車両を見ることができます。
6000系の6021号は一両のみアルミ製でした。以降、相鉄はアルミ製車両を量産導入しました。

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ED10形電気機関車(ED11)

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相鉄トフ400形貨車。無蓋貨車で中央に車掌室がある。
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2000系(モニ2005)。戦災復興車両で国電などが譲渡され、のち形式統合された。旧5000系製造後も普通電車といえばこれでした。色も黄色で初めから事業用車のようでした。

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吊り掛け駆動でしたが、そのまま車体のみアルミ製に更新した2100系も存在しました。
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(旧)6000系。しばらくはこの黄緑色が相鉄の標準色となり、新6000系も同じ塗色でした。筆者には馴染み深い車両です。
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事業用車(700系モヤ700形)も見えました。

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