電車の風景

1999年開設したHP「阪神電車の風景」の書庫としてスタートしました。 阪神以外にもテーマを広げていくため「電車の風景」と変更しました。

さてレイアウトの地形作りです。
一般的に「ハリボテ」構造が使われます。とくに高い山が有る場合などは地形構造を厚紙などで骨組みを作り、その上に薄紙を貼り、さらに石膏をかける、という工程です。
今回のレイアウトは阪神平野の海岸沿いですので全く山は有りませんが、先述のように天井川の土手が有ります。そこで川の部分はベニア板で組み、その前後の勾配部分は発泡スチロールで骨組みを作ったところに直接石膏をかけることにしました。
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最近は「プラスタークロス」という商品があって、石膏プラスターをまぶしたクロスを水につけて貼付ければ「ハリボテ」ができるというものです。確かに便利そうなので、これをまねして、「キッチンペーパー」を石膏に浸して貼付けてみました。

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ベースの形状がしっかりできているところはこのやり方で良さそうです。しかしキッチンペーパー自体の凹凸が表面に出て来たりするので、意外に石膏を大量に使いました。あまり節約にはなりません;)。一方、その凹凸が川底の表現に使えそうなのであえて見せることもしてみました。

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着色します。
白いままですとうまくいっているのか不安になるので(笑)、ベース色をまず全面に塗りました。
どうせベース色ですから本当はけちっても良さそうですが、安い100円ショップの茶色などを使うと色が濃すぎたりして、それで後悔して結局上塗りを繰り返しすことになります。
今回は田宮の「ダークイエロー」を主体に「オリーブドラブ」「ダークグレー」なども使ってみました。

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関西の土は白っぽい(関東が赤っぽい)のと、阪神間の土は川砂が表土になっているので明るい色です。
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セクションごとに作業したいのですが、組み合せて色がおかしくならないようにするには同時塗装が良いです。

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道路の処理は迷いながらやっていますが、最終的にどうにもなりませんでした。
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線路はマスキングしていましたが、はがすと周りの色と違和感が有り過ぎなので、結局道床部分も塗ることに。しかし線路に塗装がかかると走行性能が悪化するので、本当は塗りたく有りません。

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しかも、鉄錆色のつもりで塗った茶色が赤すぎて気に入らず、余計重ねて塗るという悪循環。
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建物も同時に配置しながら雰囲気を確認、また建物を買い足すのでキリがありません;)。
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Nゲージ鉄道模型のレールを現時点で選ぶとすれば、カトー「ユニトラック」かトミックス「ファイントラック」しかない、と言っても良いでしょう。従来は固定用レイアウトの場合フレキシブルレールだったのですが、これは自由に曲がるかわりに正確にカーブさせるのは困難です。今回は都市間鉄道なので複線が前提ですからなおさら面倒です。そこで奮発してカトーユニトラック複線線路を使うことにしました。
カトー製品を使うことにしたもう一つの大きな理由は、先述した分割式レイアウトの接合に適したレールが有るからです。
これは写真のように長さを自由に変えることができるのです。

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 購入した「鉄道模型ケース」のパネルは木製で、位置決めは何もありません。本来ならばここにほぞやピンを付けて固定できるようにするところでしょうが、実際に床においてみると、畳部屋だったこともあってとても正確に位置合わせ出来ないと判断しました。加えてもともとユニトラックは床に敷いて遊ぶためにある程度の「あそび」を許容したシステムなので、接合に融通を持たせることができ、工作精度も低くて良くなるからです。
この写真のように接続部にはすべてこのスライド線路を用いてトータルでの融通性を持たせました。

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ところが実際に仮組してみると、ユニトラックのジョイントは結構引き抜くのに力と「ひねり」が必要で、分割式レイアウトの分割時にレイアウトを破壊してしまう可能性が高いほどのものであることが分かりました。
そこで、下図のように、ジョイントの「爪」を切断して、そのまま差し込んだり引き抜いたり出来るようにしました。ジョイナーの中にある金属ジョイントはそのまま線路をつなぐので導通にも問題無いことは、かつて道床の無いタイプの線路でやったことがあったので分かっていました。もしこれを見て実施される場合、一応自己責任でお願いしますが。

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 (左が純正の形で、青色矢印の爪を、右のオレンジ色矢印のところでカットしました)
この作戦はうまくいきました。ただ難しかったのは、待避線のある駅のポイント配置がこの直線部を入れながら考えないといけないので結局設計図を変えざるを得なかったことと、高価な「スライド線路」の本数が増えて予算を逼迫してしまったことでした。

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いよいよ地形の作成です。
先述のように、超ローカルな「阪神電気鉄道魚崎駅」の周辺をモデルにしたレイアウトにしたいのです。その1の時の写真にありますが、この駅の特徴はその西端にある「住吉川鉄橋」です。
この鉄橋が単純なガーター橋であったことと、その直前直後に踏み切りがあったことで、高速で通過する電車を至近で見ることができて、その足回りまできれいに見ることができたのです。
ホームセンターでベニヤ板の端材を100円で、木片を10円で買って来たものを使って川底形状を作ります。

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普通の川ならば掘り下げなくてはいけないのですが、このようにレールを高架線のような高さに置いて、その下が川底です。これには神戸特有の地形が影響しています。

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 阪神間、特に芦屋より西側の川は大変数が多く、六甲山から流れてくるのですが、山と海があまりに近く、急勾配のため、削りだした土砂がわずかな平野部に貯まって、天然の土手が出来ます。その川底が土砂の堆積で周囲より高くなります。海抜零メートル地帯のように、土手の外側の土地より川底の方が高いのです。
これを「天井川」と呼びます。
実際に天井川という川が魚崎ー青木(おおぎ)間に有りますが、阪神の駅はこのような川の土手部分にあることが多いのです。
このことから阪神電車は駅を発車すると川の土手を下って平地に下り、次の駅の直前で土手にむかって急勾配を登って駅に着きます。駅は魚崎駅のように川のそばか、芦屋、武庫川のように川の上に有ります。
写真下が土手の高さにある駅です。

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地形を考えながら発泡スチロールを配置して行きます。
ところで、その下を走る線路はレイアウト都合で出来た線路で、実際に有るわけでは有りませんが、それが川の下に潜って行っています。

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 これは無理矢理川底にレイアウトしたわけでは有りません。
実際に住吉川の上流、JR東海道本線は住吉川の川底をトンネル、というより川の流れる橋脚の下をくぐっています。このような川底をくぐるトンネルの最初のものは、住吉川の西隣の石屋川に(現在は有りませんが)、ありましたし、東隣の芦屋川は現在もその下をくぐり抜けています。このレイアウトはそれを意図しています。
また阪神電車は神戸三宮側は地下路線になっており、岩屋駅から地下隧道に入りますのでそのイメージでもあります。
右手の土手に向かって坂道になっています。実際、魚崎駅の入口まで走るのは大変です。
地平駅なのに高架駅のようになっているのがわかると思います。

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このように、図面と現物を合わせ、修正しながらようやく線路の敷設が終わりました。
先述のように阪神電車は阪神「平野」を走っている割に、急勾配が有るので実際の電車運転も大変ですが、レイアウトの方も急勾配で模型が脱線したり、勾配を編成が登りきれないことがないように、勾配やカーブを修正しながら作らなくてはならないので、そこが平面上のエンドレスレイアウトと大きく違うところです。このチェックが徹底していないと地形の完成が出来ないのです。

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 それでも実際の運転ではちょっとした凹凸で脱線したりしますのであとあとまで苦労させられます。
これでいよいよ地形を完成させて行きます。

さて、鉄道模型のレイアウトは以前にも江ノ電レイアウトで紹介しましたが、今回は阪神電車用ということでやや大型になります。
Nゲージというのは、もともと車体のでティールには多少目をつむって、走らせて楽しもうということで小さな1/150(1/160)のスケールなのですが、江ノ電のような小型車両はまだしも、一般の鉄道車両の長さが20m、阪神で19m級ですと車両一両が130mmほどになります。これが首都圏の場合10両編成で走りますから、一編成1.3mにもなってしまいます。
これでは畳一畳でやっと置ける程度ですから、ぐるっと一周廻るだけでも三畳ほど必要になります。
幸い?阪神電車は4両編成、6両編成が基本なので、一回り小さくてすみます。おそらくJR、首都圏車両を走らせたい人でも多くは全編成を再現するのではなく、中間車を省略して6両ほどにしていると思います。
そして、走らせるとなると、昔プラレールで遊んだように、縦横無尽に走らせたくなりますが、あまり非現実的になると模型としては興ざめです。
一般にはエンドレスというぐるっと一周まわるだけのレイアウトにせざるを得ません。それをいろいろ工夫して遊べるようにするのが腕の見せ所です。
今回は、先に述べたように、子供の頃親しんだ魚崎駅周辺を再現したいというテーマが有るので、その線形を意識しつつ、ただ一周するのではなく、一回折り畳んだような変形エンドレスとすることにします。
アイデアをまとめるのに悩みましたが、写真のようにセクションペーパーに設計図を書いてみました。大きさは1650mm×1050mmと大きなものになりました。
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次に、レイアウトの置き場所を考えますと、部屋を専有する場合でなければ、分割式レイアウトということになります。
一般に分割式レイアウトというと、レイアウトセクションという、サークルなどで複数のセクション(モジュール)を持ち寄って、皆で楽しむために、一定の規格が有ります。とくに隣同士のセクションが線路の位置を合わせておかないと組み立てることができません。従ってそれ用のパネルサイズが決められています。
しかし、今回は個人で作って楽しむものですから、そのような制約は有りません。
一方で、重ねておけるような工夫をしないと、折角分割式でも、専有面積が減りません。
いろいろ調べた結果、市販品でアクリルケースに入れて重ね置き出来るものをみつけました。
ただ、現在この製品はホームページから消えています。
この写真のように重ねますと転倒の危険が有るため、だいたい三段くらいで、2列に並べます。合計六個に分割できます。

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そこにレールを実際に置いていきます。レールはカトーのものを使いました。阪神電車は日本最初の都市間高速鉄道なので、カント付きの複線です。

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車両も置いているのは、追い越し線のある駅の長さを決めるためですが、やはり雰囲気の確認も有ります。

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この作業で重要なのは、勾配を決めることです。単なるエンドレスではなく、折り返した形なので、高架線路が必要ですから、そこに上り下りする勾配が有ります。しかし土地(場所)が無い中なので、急勾配になります。すると模型車両が上れなかったり脱線したりするので、これをあらかじめ解消するためです。
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実際にくみ上げて試運転を行います。

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ところが、分割式レイアウトの宿命である、組み立て解体のところで、継ぎ目をどうするかが問題となりました。

鉄道模型のレイアウトが完成しましたので、ご紹介します。
分割式レイアウトで、そのあたりを見てもらえたらと思いますが、いかんせん、一般の方には胸焼けのするような濃い内容になりそうなので、極力写真を多くしてさらっと行きたいと思います。
しかし、このレイアウトがまた、阪神電車という、まず他で見ることの無いテーマなので、その説明から始めますが、これもあまりくどいと見てもらえなくなる(笑)かもしれませんが、おかまいなく行きます;)。
筆者が15年前から作成しているサイトが有ります。
「阪神電車の風景」です。
阪神電気鉄道、阪神電車は、都市間鉄道、電気鉄道の開祖として1905年からの長い歴史を持つ電気鉄道であります。詳しくはこのページや他のもっと詳しいホームページを見てもらうことにしてさらっと流します。
で、このホームページは筆者の鉄道趣味の原点とも言える、阪神電車について、手持ちの写真を整理保存する目的で作ったものです。両親とも神戸出身なので、帰省先として夏休み、冬休みに何度も行っていたのですが、特に母方の実家が神戸市東灘区魚崎だったので、とくに弟妹の出産にあたり帰省したときに、数ヶ月間そこで暮らしたことが記憶に強く残っています。
当時は叔父叔母5人も独身で、幼い筆者をかわいがってくれて、毎朝、犬の散歩に行く時に一緒にでかけて、最寄り駅の阪神電車魚崎駅の横に流れている住吉川あたりで電車を見ていました。
子供だった筆者は、なかなか帰らずに飽きもせず電車を見続けていたので、叔父叔母は閉口したことでしょう。こんなイメージが甦ります。
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小学生高学年になって、カメラをかりて撮った写真です。1972年頃。
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駅の神戸(西)側には住吉川が流れています。その鉄橋を渡る電車は迫力満点です。
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魚崎駅は、灘五郷の一つ、魚崎郷が南側に広がる駅です。さらに灘中学、高校が近くに有り、灘校生の通学最寄り駅の一つです。
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1979年、一眼レフをはじめて持って撮った写真です。背の高い二段架線柱が目につきます。
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下町を走る阪神電車ですが、芦屋、魚崎、御影あたりは住宅地です。静かな駅です。
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1983年の魚崎駅の様子です。この雰囲気は1970年頃に駅改修が行われた後、ずっとこんな感じでした。今回のレイアウトは、この雰囲気を醸し出したいと思います。
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のどかな雰囲気が伝わったでしょうか。この風景は大阪と神戸の中間です。以前書いたように「阪神間モダニズム」が生まれたのはこの雰囲気のおかげではないでしょうか。
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魚崎駅は1991年六甲ライナー開通で全面改築となり橋上駅舎になり、さらに1995年の阪神大震災で周辺の様子も変わってしまいました。鉄道模型で1975年頃の阪神電車の沿線を再現してみたいと思います。

「阪神間モダニズム」ということが言われだしたのはそう昔のことではなく阪神大震災前後のことだったようですが、アニメーション映画「火垂るの墓」に出て来たりして有名な「御影公会堂」のような明治後半から昭和前期にかけて建設された「モダン」な建物や建造物が阪神間に多く残っています。
横浜の新興住宅地に育った筆者にとって、両親の帰省で行く神戸の街は古くてもモダンな印象が有りました。もちろん横浜にも多くそう言う建物が残っているのですが、やはり関東大震災と空襲の被害が、神戸に比べ大きかったのか、比較的建築様式が新しいように思います。
阪神魚崎駅は筆者の母方の実家があったところでした。
神戸と言えば一般的に北野「異人館」が有名ですが、こちらは明治の開港以降の外国人住居であり、また三宮、元町から山に上がったところで地元民にはちょっと縁がない所でした。
一方、明治後半、阪神電気鉄道、阪神急行電鉄の開業により、西宮、芦屋を中心に高級住宅地ができて、有力者、実業家が多く移り住むようになりました。
その中心は阪急沿線なのですが、阪神沿線にも灘五郷の実業家が力を入れて立派な建築が出来たのでした。阪神電車の魚崎駅周辺もそのひとつです。有名なのは白鶴美術館とか谷崎潤一郎倚松庵(移築)ですが、有名進学校「灘中・高校」があることは菊正宗、白鶴で有名な嘉納財閥などの力でした。
長くなりましたが、そのころの建築設計で有名な清水栄二設計事務所は先述の「御影公会堂」を手がけていますが、阪神魚崎駅近くにある建物も当時の面影を残しています。
そのひとつが、神戸市立魚崎小学校です。1929(昭和4)年11月に建築されました。
筆者の通った新設校とは全く違って、広い敷地に大きな校舎、プール、動物小屋とそろっていました。母の実家からすぐのところで、叔父叔母はそこの出身でした。犬の散歩で校庭に入ると犬は喜んで走り回るので追いかけるのが大変でした。1965年頃の話です。今は校庭には入れません。
昔のままの校門が南側にあります。
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中を見ると広い校庭が見えます。
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この校舎は、2001年に立て替えられましたが、外観はかつての面影を残しています。

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1995年1月の阪神大震災直後の魚崎小学校です。このときは祖母や叔母もこちらに避難して無事でした。建物は清水栄二設計のものがそのまま残っていました。震災にも耐えた頑丈な造りだったのですが残されることはありませんでした。
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魚崎小学校の対面にあるのが、神戸市東灘区区民センター分館です。
この建物も清水栄二設計で、旧魚崎町役場として1937(昭和12)年に建設されました。

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由来が玄関脇の立て看板に書かれています。

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筆者の弟妹はこの建物の中で生まれています。1964ー6年頃の話です。当時ここは東灘区にある市民病院でした。この建物の西側窓から魚崎駅に駆け上る阪神電車が良く見えました。
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今はデイケアサービスの拠点になっているようです。祖母も晩年、ここに通っていました。
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このように特徴のある建物を、鉄道模型レイアウトに再現したいと思いました。と言いましても実物の雰囲気さえ出せれば良いので、設計図も何もありません。イメージ模型です。
まず、魚崎小学校は、中央の円筒形の階段が特徴です。
自作も考えましたが、曲面は工作が歪みやすいのであきらめ、トミーテックの「ジオコレ」を改造することにしました。
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左右の教室部分は「病院B」、特徴ある中央階段部分は「円筒形ビル」を流用して組みあわせてみました。まだ「中学校」が発売になる前でしたが、窓の雰囲気が普通の学校とは違うのでこれで良かったかな。
むりやりですが、雰囲気は出せたでしょうか。ここは自己満足の世界です。
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一方の旧魚崎役場ですが、こればかりは流用できそうな素材が見つからず、四角い形状から、思いきって紙製にしました。
撮影した写真をベースにパソコンで展開図を起こし、色も写真から持ってきました。それをプリントして、厚紙に貼付けて工作しました。
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正面玄関部の装飾が特徴ですが、窓も特徴的です。いずれも写真から起こした図を使っています。複雑すぎて窓を抜くことは諦めました。
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背面はあっさりです。レイアウトの都合でこちらには駅との連絡通路を付けましたので目立たなくなりました。
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建設中の鉄道模型レイアウトに配置してみました。
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レイアウトセクションですが分割式レイアウトの一部なので、走行優先です。したがって本線の横に本線がまた通るという不自然な状況です。このあたりはいずれまたこのブログで紹介して行きます。お楽しみに(笑)。
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1975年ごろの阪神電車沿線をレイアウト化してみました。あのころの神戸は震災前で、まだまだ明治、大正、昭和の街が混在した「モダニズム」が残っていました。これら建造物も、コンクリートの耐用年数を超えてきました。魚崎小学校や甲子園球場のように雰囲気を残して改築されるのが良いのか、より新しく変化するのが良いのか、わかりませんが、関東と違って関西は前者のような欧州的な変化がふさわしいと思います。

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