電車の風景

1999年開設したHP「阪神電車の風景」の書庫としてスタートしました。 阪神以外にもテーマを広げていくため「電車の風景」と変更しました。

神戸に行く機会があり、阪神電車ジェットカー”青胴車”の終焉が近いということなので乗ることにしました。と言ってももう4編成しか残っておらず、なかなか乗れるタイミングはないかなと思っていましたが運よくすぐに乗れました。しかも5001-5002-5003-5004の第一編成です。
2021.12.31 西宮
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2023.2.12 尼崎
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千船、特急待避中
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中間車になった5002,5003。元は2両編成の制御車でしたが、4両固定編成になった時に改造されました。
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妻板形状が先頭車の形ですね。

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野田

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久寿川

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この日は5025編成との2編成が運用していました。

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車内も昔標準だった薄緑色。
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妻部は元々制御車だったところを客室に改造、簡易運転台もあります。 
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2015年の撮影。形式不明の「青胴車」ですがこの頃はまだ一部車両のシートが更新されず昔ながらの小豆色でした。クッションは昔の方がフカフカでした。ただフル加減速をすると体が横に持っていかれました。子供が小さい時は勢いでひっくり返ることもあって気を使いました。でも阪神のシートは柔らかくて好きでした。
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現在、阪神ジェットカーは5500系、5550系、5600系が主力になっています。しかし旧塗装となります上半分がクリーム、下半分がブルーのジェットカー「青胴車」は5111、5311形の廃車が終わり5001形のみとなっており、その5001形も2023年度中に廃車が決定されています。地元民ではない筆者は、これが最後になる可能性があります。


現在の5001形は二代目です。初代5001形は1958年製造1977年廃車になっており、その代替えとして1977年に5001-5002、5003-5004が新造されました。当時は新5001形と雑誌で見ましたが、正式名はどうなのでしょうか。45年も経って今更”新”も変ですね。最近の雑誌では5001形(Ⅱ)などと書かれていますが。
なお、1000系は新1000系と当初呼ばれていたこともありますが、これも1960年代まで残っていた小型車に1001形(千公とのニックネームも)があったためです。さすがにこれと間違えることもないでしょうが。
さらに言えば「青胴車」の呼称も「赤胴車」の対語として使われ出したのは1980年ごろだったと思いますが今ではすっかり定着していました。阪神電鉄としては急行系=赤、普通系=青の識別を踏襲しているようです。ただ形式ごとに色合いが違っており、特にオレンジ色はもっと赤い色にして欲しいですね、と言うのは阪神ファンの定番です。

1977年8月、営業開始したばかりの新5001形が来たので慌てて撮った一枚。当時もフィルムは高価で泣けました;;。 目新しい新型車は夏の冷房装置も相まって嬉しかったのを思い出します。

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1979年4月、野田。今回撮影の5004。当時行き先表示機が付いていた赤胴車と違い、表示板のままだったのがいかにも無駄はしない阪神らしいと思っていました。
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1979年4月、魚崎
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新5001形は初代5001、5101、5201形の置き換えですが、そのうち5201形は当時台車、モーター、駆動系(直角カルダンから平行カルダン)を一部更新しており、初代5001とジェットシルバー5201-5202の代替え4両のみで、残りは冷房改造するという噂も聞きました。結局車両も全て新造することになったようです。ただ5201形で更新した駆動系は新5001形にそのまま流用されましたから車体更新車と言えそうです。

その後、5231形が5131、5331形にモーター、台車流用で電機子チョッパ制御に置き換えられたのですが、このチョッパがディスコンになったために先に廃車されることになり、結局車齢の古い新5001形が最後まで残ったわけです。もう「新」はつけなくても良いでしょう。
阪神5001形、何月まで活躍してくれるでしょうか。46年間お疲れ様でした。

2022年12月上旬、紅葉が進んだ頃を見計らって箱根大平台に再訪しました。
狙っていたもみじは赤くなっていませんでしたが、多くのもみじが紅葉の盛りでした。
箱根登山電車の赤い色、特に旧型車の朱色が紅葉によく似合っていました。

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2022年11月下旬の箱根はまだ紅葉し始めたところでした。
箱根登山鉄道 大平台駅にて。

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2022年11月の下旬、まだ暖かい晩秋です。
日没後は一気に夕暮れ、黄昏になります。
江ノ電の通る腰越商店街も慌ただしく暮れてゆきました。

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七里ヶ浜、晩秋の夕日はすぐに沈んでゆきます。
江ノ電も夕日に照らされて夕刻ラッシュを迎えます。
 
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筑波鉄道、鹿島鉄道は元は関東鉄道でしたが分離分社化され現在は廃止されてしまいました。

先のモノクロに続きカラーです。この頃はNikon FE2を中古で一台買い足し、2台持って一方に白黒フィルム、他方にカラーポジフィルムを入れて取っ替え引っ替え撮っていましたから同じ構図の写真です。このフィルムは褪色せずによく残っていました。カラーフィルムは褪色していると救済するのが難しいですがデジタル化してなんとか保存しておこうと思います。

1987年3月筑波鉄道は廃止直前です。朝靄が切れて筑波山がよく見えます。
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鹿島鉄道。
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1987年3月に房総半島にフェリーで渡り、北上して小湊鐵道、筑波鉄道、鹿島鉄道と撮影しました。
正直にいうとこれらの鉄道には乗ったこともなく行くまでは興味もなかったのですが、車で走るのが楽しかった頃で地図を見ながら適当にドライブに行ったようです。結構な距離を走ったのですが若かったのか疲れた記憶がありません。さらに天体望遠鏡も積んで夜も活動したのでした。
しかし筑波鉄道がこの撮影直後、鹿島鉄道も2007年に廃止されてしまい、もっと撮影しておけばと思いました。

まずは房総半島に上陸後、小湊鐵道です。これを狙って行った記憶がないのでたまたま出会ったのですが、早春の畑の焚き火の煙が印象的でした。
 
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どこだったのでしょうか、星の写真も撮りました。この頃はフィルム撮影なので前後のコマもあると強力な増感もできず、相反則不軌もあってあまり星が写りませんでした。今のようにデジカメがあったならと思います。
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ここから移動したと思うのですが、天体望遠鏡を出して星を見たあと、車の中で寝袋にくるまって寝ていました。朝方、何かの音で目が覚めるとディーゼル気動車のエンジン音でした。
ここは筑波山麓の筑波鉄道でした。早朝の朝日に照らされていました。 
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筑波鉄道が廃止になるのが近いと思っていたのですが、呑気なもので3月に廃止になるのを知らずヘッドマークを見て知りました。インターネットのない時代はなかなか直近の情報がありませんでしたから仕方ないと思うのですが。
筑波駅までやってきました。
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朝の筑波駅の風景です。
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ここまできたらと思い、鹿島鉄道にもやってきました。霞ヶ浦を走る単行列車です。
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 筑波鉄道も鹿島鉄道も元々関東鉄道の一路線でしたが1979年4月分離分社化されていました。筑波鉄道は1987年3月、鹿島鉄道は2007年4月に廃止されました。

1989年6月五月晴れのの江ノ電腰越。昨年に続き商店街の雰囲気を、今度はカラーフィルムで撮影しました。
龍口寺から。
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有名な星野写真館のウインドウに映る江ノ電。
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店先に干物あります。
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店先にたぬき。。
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午後の腰越商店街。
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腰越駅
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満福寺
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七里ヶ浜に出ました。
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西日が当たる。
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鎌倉高校前駅への小道。
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海岸通は混んでいます。
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1988年11月穏やかな秋の午後、腰越商店街の江ノ電を撮りにいきました。
腰越駅で降りて腰越商店街を走る江ノ電です。
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干物が店頭に並んでいました。

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江ノ島駅方向に向かいました。
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再び腰越駅方向へ歩きます。
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有名な写真館。
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神戸(ごうど)橋
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腰越駅に停まる600形。
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満福寺
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七里ヶ浜に出ました。

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こうしてみると旧型車がまだまだ数多く活躍していました。

少し前になりますが、武庫川団地に設置された阪神赤胴車の保存車両を見てきました。
武庫川線には赤胴車が2020年6月に引退しました。そのうち7890が武庫川団地内に2021年3月静態保存され団地のコミュニティスペースとして2021年7月より使用されています。コロナ禍でなかなか訪れることができませんでしたが、新しく改造された5500系も含め見ることができました。

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7890-7990は元は3801-3901形の一次車3904、二次車3905のTc2両をワンマン改造、3904を電装化して7890としてセミ前側パンタグラフになっていました。
 2001年の写真です。
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さて武庫川駅には夕方につきました。近く廃車になる新5001形。
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西側に武庫川線の武庫川駅があります。快速急行が8連運行もあるためにホームが延伸されました。そもそも武庫川線の連絡通路だったものをホームにしています。
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甲子園球場の外壁をデザインした内装。赤胴車搬送のポスターが掲示されていました。
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武庫川団地前駅のトイレにも赤胴車のポスター。
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駅から5分くらい歩いて保存車両に到着。
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綺麗に展示されています。案内板を見て7890が武庫川線に来たのが1986年、34年走り続けたことにそんなに時が経ったのかと驚きました。
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車内はコミュニティスペースとして供用されています。中に丸テーブルがあります。
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帰る頃には夕闇が迫っていました。
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阪神車両メンテナンスでの改造。
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なかなかのカラーリング。
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武庫川線は本線から外れた車両が使われてきた印象ですが、今回の5500系改造は今までの阪神電車に無い遊び心がある車両です。地味な武庫川線の印象が変わりましたね。
今回の関西行きは、筆者が子供の頃、阪神電車をよく見に連れて行ってくれた伯父の葬儀でしたが勝手に供養のつもりで乗ってきました。 

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