電車の風景

1999年開設したHP「阪神電車の風景」の書庫としてスタートしました。 阪神以外にもテーマを広げていくため「電車の風景」と変更しました。

2022年05月

大学入学後自分のカメラを購入して初めて撮影した鉄道は阪神電車でしたが、写真部に入部して題材に選んだのは地元横浜の隣、鎌倉を走る”江ノ電”でした。

「江ノ島電鉄」というのは神奈川県鎌倉市から藤沢市を走る電車です。通称「江ノ電」。これは起源は紆余曲折があるものの、「江ノ島電気鉄道」の略称でしたが、戦後「江ノ島鎌倉観光」という社名であっても「江ノ電」と呼ばれていたまま、1981年に現社名になっています。関西の私鉄に見られる「○○電車」とは違いますが、社名が変わっても呼称は変わらないところは、やはり地域に根ざした鉄道である証では無いでしょうか。

筆者が初めて江ノ電に乗ったのは、子供の頃、家族で江ノ島の海水浴場へ行ったときだと思います。暑くて混んだ、うるさくて遅い電車の記憶があります。混んでいたのは海水浴シーズンだからで、このころは廃線の噂もあったようです。その後、森田健作主演の「俺は男だ」という番組に、この江ノ電が出てきました。その後、ドラマ「俺たちの朝」などに出てきてちょっとした江ノ電ブームが起こります。

筆者が学生の頃には、その江ノ電ブームが一段落した頃でしたが、まだまだ古い車両と施設のままでした。そこに1000系という、いきなり近代的デザインの車両が入って驚いたりしましたが、これとて”吊り掛け式”駆動装置のままでした。
筆者にとって、江ノ電のイメージは、この1980年頃のものですが、まだまだ昔の江ノ電の雰囲気が残っていた時代だった気がします。

今回は1979年6月、カメラを持って初めて江ノ電の写真を撮った時の写真です。 
江ノ電沿線を歩くのも初めてで、闇雲に歩きまわりました。
まずは鎌倉駅から和田塚駅へ歩いたようです。
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こういう第4種踏切(警報器や遮断機がない)もまだありました。
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和田塚駅。

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由比ヶ浜駅。
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長谷駅。
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鎌倉高校前駅付近。江ノ島を望む。今は人気の「日坂」に向かう道です。
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「日坂(にっさか)」の交差点付近です。驚くことに信号がありません。海岸へ出るのは、鎌倉高校前駅の鎌倉側にあった信号でした。
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併用軌道で腰越商店街を抜け龍口寺でカーブします。
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藤沢駅は「江ノ電百貨店」2階でした。現在は小田急百貨店ですがビルは変わっていません。
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大学1年生は金欠ですし写真部なので暗室で現像、プリントする必要があり、当時すでに普及していたネガカラーフィルムではなく、モノクロフィルムでした。

阪神電車の普通車(各駅停車)は「ジェットカー」と呼ばれる専用車両が使用されています。
起動加速度4.5km/h/s、常用減速度5.0km/h/sという高加減速ができる阪神ジェットカーは今もって日本鉄道車両最高の加減速性能です。
初期型のジェットカーは試作5001形が1958年、量産型5101,5201形が1959-60年に製造され、増備車の5231形は1961-63年に製造されました。5001形、5201-2を除くと、各形式に外観上大きな差はなく、青い普通電車「青胴車」として親しまれて来ました。

筆者は1960年生まれなので5201形と同世代です。子供の頃は青くて速いこの電車が好きで、梅田駅から魚崎駅まで帰るのにずっと各停で帰ると祖母にせがんで叔父叔母には迷惑な甥だったと思います。
なぜそんなにジェットカーが好きだったか、思い返すと加減速時のモーター回転数の変化する独特の音がまず思い出されます。横浜育ちの筆者にはよそには無い電車でした。
あとは外観下部の青色が群青色に近い濃い青で、横須賀線の色もクリームと青で、青15号はほぼ同じ色と言われているが、筆者にはなぜか同じ青でも阪神の青が綺麗に見えました。

その初期型ジェットカーは冷房化に際し廃車更新となったので、1977年から順次廃車されていきました。その最後の廃車が行われていた1983年、尼崎駅の西側引き込み線、通称「丘の上」に置かれていた5231形を撮影しました。

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駅職員の方にお願いして、近くで撮影する許可をいただきました。40年後の現在では規定が厳しくなってだめでしょう。あの時の駅員さんありがとうございました。
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隣には3801形が停まっていました。こちらは定期検査か行き先表示器取り付けかで試運転表示でした。
5231形はすでに台車が外されて簡易的なもの(旧小型車のもの?)に交換されています。 
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奥に通過する5331形がこの代替え新造車です。印象的な光景でした。
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製造銘版には汽車会社、昭和38年と書かれています。この5249-5250は5231形の後期グループで、妻板形状が丸みが無くなって完全な切妻です。
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社章が剥がされています。
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形式番号もありません。5249とわかります。
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 名残惜しいですがここまででフィルムがモノクロ、カラーリバーサル共に尽きました。交換フィルムを持って来ていなかったのです。同行していただいた駅員さんも気を遣ってか「もういいの?」と言ってくれましたが残念ですが仕方ありません。
ここに写っている5249 - 5254の車体は京福電気鉄道福井支社(現在のえちぜん鉄道)に譲渡され2013年まで活躍しました。

なお、譲渡車はゲージの違いなどにより動力、台車は交換され、写真のように元の台車は外されますが、それ以外の5231形であってもモーターと台車は新しい新造車5131,5331形に転用されました。

 5131,5331形は電機子チョッパ制御の新造冷房車として1981-3年に製造されました。当初、初期ジェットカーを引き継ぐ「前パン」で登場し、筆者のお気に入り車両でした。のちに4両固定化の際前パンはなくなり、2017-9年に全車引退しました。

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ここからは過去記事から集めた初期ジェットカー5201形系列の思い出写真です。 
1970年ごろの5250。偶然同じ車両を撮影していました。
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5101形は5201形と同時に製造された両運転台車両です。
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これも5250。
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考えてみると、初期ジェットカーは活躍した期間が20年程度と短かったように思います。しかし台車は後継車に引き継がれ、新5001形の一部、5131,5331形に活かされており、車体は他社に譲渡され、つい最近まで現役だったことを思うと、無事定年まで働いたということでしょう。


おまけ  Nゲージの5201形。
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阪急電車京都線です。出張で大阪に訪れた後、親戚宅に泊めてもらい撮影したようで、あちこちに行った中の一つ。阪急6300系の特急運用が2009年度に終了するというので撮影に行きました。

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崇禅寺(そうぜんじ)駅にて。 運良く6300系特急に出会えました。
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6300系は1975年に登場しました。それまでの京都線特急車両2800系が約10年で3扉化、格下げになったのに対し、6300系は34年、特急運用に就いたわけです。
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3扉通勤型の特急運用も増えていました。
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ここから2009年7月撮影。崇禅寺駅が撮影によかったので再訪しました。ただこの後、隣の淡路駅を高架化することになり、崇禅寺駅も高架化工事が始まりました。
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この時は平日の日中だったためか、6300系には会えませんでした。新型特急車両の9300系は特急の停車駅も増えたことから3扉セミクロスシートとなりました。
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2300系は1960年製造の「オートカー」。2丁パンタで頑張っていました。
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5300系は1972年製。ちなみに京都線車両は百番代が「3」です。
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 数年後訪れた時にはもう高架化工事が始まっていて、2022年でも工事が続いています。

2009年には魚崎から上り線が仮線に切り替わり高架化工事が本格化しました。仮線切り替え直前の様子です。
魚崎駅から青木方向を見ると、仮線ができています。
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新しいガーター橋が設置されています。
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横屋歩行者用踏切も仮線工事が進んでいます。
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明治時代から100年以上続いた線形がまた一つ変わって行きます。
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天井川の起伏が見えるこの構図も無くなります。
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十二間道路という愛称のその名の通り幅の広い道路が岡本、摂津本山から青木にかけて南北に走っています。そこを横切る阪神の踏切も遮断機が長いです。
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1月真冬の六甲山には雪が残っています。
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 国道43号線の歩道橋から見た十二間道路の踏切です。
国道43号線は「第二阪神国道」=「二国」 と呼ばれていますが、国道2号線が「一国」なのでややこしくなってます。(最近は国道43号=「ヨンサン」国道2号=「ニコク」と呼ぶこともあるようで余計ややこしい)京浜間でも国道1号線が「第二京浜」、国道15号が「第一京浜」なのでややこしいのは同じです。

阪神西大阪線は、2009年3月になんば線と改称し、阪神西九条駅から大阪難波駅まで延伸開業しました。
その2ヶ月前、阪神なんば線の訓練運転が行われていた頃、西九条に行きました。
 
JR西九条駅から見た阪神なんば線西九条駅拡大工事。この駅屋根の上を本当に通れるのか1964年からずっと心配されていました(笑)。
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防音シールドの先に安治川橋梁。ここから一気に地下へ潜ります。
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西側は、阪神西大阪線として1964年に開通しています。駅の東半分と西半分で45年の時間差があります。
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まだ難波方面には車止めがあります。試運転時には取り除けるよう簡易的なものでした。
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普通4両編成で12分間隔、2編成が交互に走るローカル線でした。
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4両編成の最後尾運転台から見ると10両編成に対応する長いホームが見えています。
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伝法駅から淀川鉄橋方向。
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福駅から淀川鉄橋方向を見る。
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阪神西大阪線新淀川橋梁。4両編成の5500系が走ることは延伸開業でなくなりました。
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(新)1000系2両編成x2。 
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2022年現在、新淀川橋梁かけ直し工事に入っており、すでに福駅は仮線に変更されています。
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阪神尼崎駅の「丘」には訓練運転用の近鉄車両がありました。
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2013年暑い夏でしたが、暑い京都に行きました。阪急京都線の写真です。

京都四条河原町に阪急電車の駅がある。1963年に開業した阪急京都地下線は2013年、50周年を迎えていました。
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四条河原町駅は地下駅です。
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西京極駅からは西京極球場のある運動公園の緑が見える。緑を見ると涼しげだが、実は異常に暑かった。
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東向日にて。京都地下線50周年の記念看板を掲載。
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5300系はオリジナル塗装であるマルーン一色で、二丁パンタが昔の「電車」の勇姿をとどめる。
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水無瀬にて。
東海道新幹線の高架と並行する。
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京都線電車は梅田方向に前側パンタを持つ。
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上牧にて。
新幹線との並走はここまで。
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開通前の東海道新幹線の線路を一時阪急が走ったのは有名。
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阪急梅田駅に到着。
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阪急百貨店の立て直しも完了。
このコンコースはかつての阪急梅田駅だったが、痕跡は無い。
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阪急百貨店から阪神百貨店、阪神梅田駅へは地下で、階段がなくなりフラットにつながって行きやすくなった。
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2002年打出駅にて。
筆者にはなじみのない駅ですが、となりの香枦園駅まで高架化され、となりの芦屋から魚崎駅までが次の高架化工事予定区間です(2002年当時)。阪神標準タイプ の地平駅の一つでしたが今では貴重な地平駅になりました。 
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地下改札。手前には自動券売機と駅員詰め所、写真奥は売店。昔の魚崎駅も同じ構造だったので、懐かしく感じた。
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ホームは石積みの側壁。平日だったので学生の姿が市民の足としての阪神電車を感じさせ、なぜかほっとしますね。
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加速する阪神ジェットカー。こういう景色が次の阪神電車ファンを生むのです。
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打出駅は阪神電車の中で今や貴重な地平駅になりましたが、この当時はまだ阪神地平駅の標準的な作りの駅という認識でした。

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駅の東側に行ってみました。
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駅の西側に移動しました。
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横浜から、当時走っていた阪神電鉄高速バスに乗って早朝大阪に着きました。朝日の当たる淀川鉄橋です。
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秋晴れの淀川鉄橋でした。

前パン(運転席上にパンタグラフがある)が格好良い阪神ジェットカー5131形でした。その後4両固定化時に編成中側に残して前パンは無くなりました。
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7601、7701形は元々3601、3701形の冷房化、電機子チョッパ改造。3601形は電動制御車Mcで二個パンタグラフがあったので、前パンでした。
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7871は7961形(制御付随車(Tc))を電装し、7801,7901形と組んだ特殊な形式です。先頭から二個目の冷房ユニットを取り外し、パンタグラフを載せた「準」前パンです。
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