電車の風景

1999年開設したHP「阪神電車の風景」の書庫としてスタートしました。 阪神以外にもテーマを広げていくため「電車の風景」と変更しました。

2022年06月

2022年6月、高架化工事が終わった魚崎駅から青木駅まで歩きました。
筆者にとって小さい頃から馴染んだ風景がどう変わったのか見ることができました。そのため写真枚数が多くなりましたが、別記事にある魚崎駅の地上風景と比較して定点写真として見ることができます。

魚崎駅から六甲ライナーと住吉川。
IMG_7325
 IMG_7323

住吉川西岸
IMG_7328
IMG_7329
魚崎駅浜側
IMG_7332
IMG_7334
魚崎駅山側
IMG_7336
IMG_7337

IMG_7338
IMG_7339

IMG_7342

魚崎小学校と魚崎児童館・魚崎地域福祉センター(旧魚崎町役場)
IMG_7348
IMG_7347

魚崎本山線を跨ぐ高架は高くなりました。もう道路を下げなくても大丈夫だから平らに戻しては。
IMG_7350
IMG_7355
青木方向へ
IMG_7356
IMG_7359

IMG_7360
IMG_7361
地蔵がいました。
IMG_7363
IMG_7365
市営魚崎南住宅横の歩行者用、魚崎横屋踏切があったところ
IMG_7366
IMG_7367

IMG_7372

十二間道路。
IMG_7373
IMG_7375
IMG_7380
あまりに電車がないと味気ないので深江駅からの新旧阪神ジェットカー
IMG_7406
IMG_7419

1982年4月、阪神梅田から福島に向けて歩きました。
梅田地下トンネル出口は撮影できる場所がなく、出入橋付近の踏切で撮影しました。
 1982-1_20210906_4876-2

1982-1_20210906_4877


1982-1_20210906_4879

1982-1_20210906_4880

198204_0009


1982-1_20210906_4881


198204_0010


198204_0011

1982-1_20210906_4882

前面展望から梅田地下線トンネル入口を見る。
1983-2_20210909_6233
(1983年8月)

1984年5月、国鉄大阪環状線の福島駅から、なにわ筋の阪神電車。

1984-1_20210913_6632

1984-1_20210913_6633

1984-1_20210913_6634

1984-1_20210913_6635

初夏の、梅雨の合間の五月晴れの日に、鎌倉散歩しました。
この日は午前中、初夏の青空が広がり、江ノ電を撮影しました。

始めは鎌倉駅です。江ノ電の一日乗車券「のりおりくん」を持ってスタートです。

DSC_1280_20220613_083349

七里ヶ浜の「鎌倉高校前駅」では鎌倉高校生が降りて小走りに走って行きます。遅刻しないように。

DSC_1290_20220613_090454

鎌倉側にはすっかり有名になった日坂の踏切があります。コロナのために外国人観光客がいないのでそれほど混んでいません。ここは車道の交差点には今も信号機はありません。海岸へは歩行者信号がついています。40年以上前、1979年の写真ではこの辺りはまだ整備されていません。

DSC_1450_20220613_110653
197906-18

藤沢方向に歩きました。江ノ島が見えます。
DSC_1316_20220613_092752
DSC_1352_20220613_095544

路地を入って、海と江ノ電と紫陽花。青い空と海が印象的でした。
DSC_1334_20220613_094351

 腰越から海岸を離れます。
DSC_1360_20220613_100231

腰越駅から腰越商店街を併用軌道となって通ります。1979年の写真も置いておきます。長い時間を経て変化している様です。
DSC_1395_20220613_102429
197910-15

 この二店舗は変わらず頑張ってくれています。
DSC_1421_20220613_104549
DSC_1430_20220613_104806

七里ヶ浜に戻りました。護岸を再整備して、砂浜も広がった様です。初夏の青空がきれいでした。
DSC_1492_20220613_113819
DSC_1495_20220613_113923

江ノ電の前面車窓。鎌倉方面、極楽寺のトンネルを抜けると紫陽花のさく御霊神社前です。
DSC_1551_20220613_121927
DSC_1571_20220613_122919DSC_1577_20220613_122957

午後になると、腰越商店街の日当たりが西向きになり、藤沢方面の電車に日が当たる様になります。
DSC_1600_20220613_142347
DSC_1609_20220613_142538

 
 江ノ島駅方向へ向きを変えたところには江ノ電も中で有名な店があります。店には600形の実車の前面カットがあります。
DSC_1603_20220613_142414
 
 藤沢駅に到着。
DSC_1615_20220613_144730
 

 季節柄、紫陽花と江ノ電です。長谷駅近くの線路沿いに植えられている紫陽花がきれいに色づいていました。カメラを持って多くの人が撮影していました。 
DSC_1638_20220613_152718

DSC_1647_20220613_152728

DSC_1707_20220613_154302

 

神戸高速鉄道を抜けて、板宿駅を降りてみました。
1983年7月、まだ地上駅で、夏空の下を走る山陽、阪急、阪神電車が見られました。

 1983-2_20210909_6132

1983-2_20210909_6133


1983-2_20210909_6137

1983-2_20210909_6138

19830700DSC_367720210803_055

19830700DSC_368120210803_059

19830700DSC_368220210803_060

19830700DSC_368320210803_061

19830700DSC_367820210803_056

19830700DSC_367920210803_057

1983-2_20210909_6135

19830700DSC_368020210803_058

1983年の夏休み、朝から暑い日でした。

19830730_0001

19830730_0004

19830730_0003

19830700DSC_367120210803_049

19830700DSC_367220210803_050

19830700DSC_367320210803_051

19830730_0006

19830730_0008


19840730_0009
 
19830730_0010

 19830730_0013

19830730_0014

19830730_0015

19830730_0017

19830730_0019

19830730_0020

夏の夕方、活気ある阪神電車梅田駅の情景。

1983-2_20210909_6111

1983-2_20210909_6112

1983-2_20210909_6107

19830700DSC_366120210803_039

1983-2_20210909_6113

この日はこれから甲子園でナイターがあるのでしょう。
1983-2_20210909_6114

1983-2_20210909_6118

19830700DSC_366520210803_043

1983-2_20210909_6115

1983-2_20210909_6116

1983年当時、普通(各停)車は1番線発着でした。
1983-2_20210909_6117


1983-2_20210909_6119

19830700DSC_366220210803_040

19830700DSC_366320210803_041

19830700DSC_366420210803_042


1983-2_20210909_6120

1983-2_20210909_6121


19830700DSC_366620210803_044


1979年10月に2度目の江ノ電撮影に行きました。
腰越商店街龍口寺側から撮影です。200mmf/4望遠レンズを買ったので使いたかったようです。
江ノ電は「軌道」から「鉄道」に戦時中の1944年に切り替わっているそうなのですが路面電車のような「併用軌道」が存在します。長い踏切の様な感じでしょうか。
197910-03

旧500形は1956年の新造車で連接車でした。
197910-04

商店街から出ると、カーブして、、
197910-06

江ノ島駅に向かいます。今でもこの風景はあまり変わっていません。
197910-05

腰越駅方向へ移動します。それにしても車とぎりぎりで通過する800形です。元は山梨交通から上田丸子電鉄(後の上田交通)に譲渡され、江ノ電に来た車両です。
197910-02
 
秋の夕方、商店街も子供が多い。
197910-14

197910-15

神戸(ごうど)橋から江ノ島が見えます。
197910-01

海岸に出て、鎌倉高校前駅。
197910-6

現在の鎌倉高校前駅と比べるとホーム屋根もこじんまりとしてローカル感があります。
197910-7

鎌倉高校生が通学の足として使っています。コロナ禍前の現在のように、外国人観光客が来る様な駅ではありませんでした。
197910-8
腰越、満福寺側の線路脇は崖になっています。
197910-13

七里ヶ浜沿いに七里ヶ浜駅方向へ歩いた様です。
 当時、使われなくなった洋館が残っていました。これは「鎌倉パブロバ記念館」です。ロシア革命から逃れるため日本に来たエリアナ・パブロバという人が、1924年(大正13年)から七里ヶ浜に住み、バレエの稽古場を開いた建物だそうです。そのため七里ヶ浜は「日本バレエ発祥の地」と言われたそうです。

1979-1_20210823_682

国道134号線から七里ヶ浜駅に向かって内陸側に入ると、道路と線路が並んでいます。他にも稲村ヶ崎駅前方向へ行く道や、極楽寺車庫方向へ向かう道なども同じ構造です。

1979-1_20210823_685

197910-5

七里ヶ浜駅横の行合川橋。
1979-1_20210823_681


極楽寺車庫には新鋭の1000形も見えますが、まだまだ300形の天下でした。

197910-11
御霊神社から長谷駅へ下って来る300形。300形は木造車や半鋼製車を改造して連接車にした車両の総称で種車がバラバラなので外観も違う300形が混在していました。写真の305編成は現存する唯一の300形ですが、前照灯が一個おでこに付いていて、現在の前照灯と違います。
197910-10

ここに出した写真は、以前個人ブログに出していましたが、出版社から依頼があって、一部以下の本に掲載されました。大学写真部の展示会用に撮影していたのですが、当時は鉄道写真は写真部には認められず日の目を見ませんでした。40年も経つと「昔写真」として需要がある様です;)。
 

↑このページのトップヘ