電車の風景

1999年開設したHP「阪神電車の風景」の書庫としてスタートしました。 阪神以外にもテーマを広げていくため「電車の風景」と変更しました。

2023年12月

貨物駅は大都市の駅近くにありました。汐留駅や梅田駅のように廃止されて大規模開発用地になっています。横浜駅の東側にも大きな貨物駅がありました。それが高島駅です。ここはみなとみらい地区になって開発されて行きますが、みなとみらい地区は貨物ヤードだけではなく三菱造船などの工場敷地も含む一帯の開発地区なのでより広範囲です。

高島駅は横浜港の荷揚げ貨物の輸送を行うために高島線にあった貨物専用駅で、桜木町にあった東横浜駅、根岸線経由で神奈川臨海鉄道、山下埠頭線経由で山下埠頭駅などから来る貨物が集中する大きな貨物駅でした。
その歴史は大変複雑で、おいそれとは語れません。

ここでは高島駅と横浜機関区が廃止になった1986年11月の写真をご覧ください。

1986年10月10日の横浜機関区から高島駅を望む写真です。奥には横浜そごうと当時の先代スカイビルが見えます。ヤードには多くの貨車が見えます。

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1986年11月1日に横浜機関区が廃止になって、高島駅も高島信号所になって、さらに国鉄がJRになる1987年4月1日を控えていました。
以下の写真は、1986年11月6日の写真です。横浜機関区廃止後、解体を控えて一般公開をしたものだと思います。記憶にほとんどないので、なぜ中に入って撮影できたのか疑問だったのですが、同時期に同じように中に入って撮影した写真がネットにもあることと、わずかな記憶では、新聞の横浜地方版の記事で公開されていることを知って、その最終日だと思うのですが、午後になって急いで行って撮影したようです。

国道15号道路から見える横浜機関区の扇形機関庫外観。


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扉が開放されて、転車台が見えます。転車台は今、本牧市民公園にD51と共に保存されています。
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機関庫は当然蒸気機関車のために作られたもので、天井には集煙装置が残っていました。

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廃止された高島駅には、廃車になる車掌車が並んでいました。
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奥にそごうとスカイビルが見えます。
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首都高横羽線の高架が見えます。
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多分駐車場から撮影したと思います。高島線は運行されていました。
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まだまだ横浜駅東口地域に港の機能が残っていました。
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その後の高島駅は一度JR貨物駅に復活しますが1995年に廃止されます。
高島線は1989年の横浜博覧会のとき、桜木町から山下公園までレトロ調気動車を走らせたり、高島トンネルが出来て桜木町駅に直結したり変化がありました。
現在の高島線。高島ヤードの跡地の一部を通っていますがトンネルを含め当時の線路から変わっています。

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単線の両脇は高島水際線公園となり、再整備が進められています。



横浜駅東口は現在そごう横浜店、スカイビルがありその先は日産、京急の本社ビルやKアリーナ横浜などが広がるみなとみらい地区です。その間には帷子川河口がありますが、その水際に唐突に単線の線路があります。
この線路はJR貨物の東海道本線貨物支線(通称高島線)です。
東方向は鶴見駅から東海道本線を離れ貨物専用の東高島駅を経てやってきます。こちら側は高層ビルが立ち並んでいて未来都市から貨物列車が来たようなちょっと不思議な景色です。


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西側を見ると、トンネルに入り、その先は桜木町駅につながっています。

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みなとみらい地区もすでに多くのビルが立ち並んでいてその地下を貨物が潜り抜けている訳です。
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東側、神奈川区金港町栄町山内町は元々は倉庫地区でした。大きく変化しました。
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線路の両脇は高島水際線公園(たかしますいさいせんこうえん)です。

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工事中に発掘されたイカリのモニュメント。

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反対側には車輪。これも発掘されたそうですが、ナローゲージの蒸気機関車用動輪です。
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スカイビルとかもめ
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新しいKアリーナ。公園と周辺道路は観客に対応するために工事中です。
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この場所は元は貨物駅の高島駅と横浜機関区でした。
横浜駅の東口は大きな貨物ヤードが広がっていました。
1986年10月の写真です。

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1986年11月1日に廃止になりました。
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相模鉄道がラッピング車両として「おかいもの電車」を12月末まで運行しているというので見に行きました。

「おかいもの電車」とは、横浜駅西口の振興のため1960年(昭和35年)11月1日から運行していたヘッドマーク付き旧5000系電車でした。
筆者は「おかいもの電車」を見た記憶はないのですが、旧5000系の記憶はあります。しかし当時の5000系は急行にのみ充当され、横浜ー二俣川間ノンストップでした。筆者の実家からバスで行くと西横浜駅から乗車なので2000系の黄色で吊り掛け式駆動の古いのしか乗れなくて残念に思っていました。
子供にとってその性能よりも変わった塗色に興味がありました。色味はちょっと地味でしたが随分細く塗り分けされていました。

その後、相鉄の新性能車、直角カルダンドライブの車両は5000系と同じ塗色になってますます相鉄の色となりました。
1971年3月の平沼橋付近から見た相模鉄道新6000系です。

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前置きが長くなりましたが、その当時の色をラッピングで再現するという試みです。ヘッドマークもラッピングに印刷、おでこの前照灯、下の尾灯も印刷で表現されていました。
ただ前面だけで側面は元のままです。

湘南台駅にて。
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ゆめが丘にて
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かしわ台
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横浜駅でお買い物
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この塗色は1975年ごろに黄緑にオレンジの新塗色に切り替わりました。その塗色も今は無く(前の記事の6000系が保存されています)、変遷して今は「ヨコハマネイビーブルー」になっています。

相模鉄道の車両センターを訪れました。

相鉄本線のかしわ台駅で下車、西側の改札を出ました。
(ちなみに東側は旧大塚本町駅改札まで350mの通路を歩きます。)

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西側に車庫が広がっています。

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その奥が車両センターです。

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ここは車両整備工場ですが、保存車両があることでも有名です。入口に向かって歩くと蒸気機関車が見えてきました。

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正面入り口の受付で、蒸気機関車の見学を申し出ると許可していただけます。

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見学できるのは入り口に静態保存されている蒸気機関車と客車のみですので間違えないように。
神中鉄道時代の神中鉄道3号機関車です。

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大正時代の国産機関車です。

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客車は中に入れます。

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二重屋根で採光窓がついています。

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三等車ということで背もたれは木製です。二等車とかあったのでしょうか?

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腕木式信号機も保存されています。

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受付でお礼を言って、外側から北側道路に回り込むと外から保存車両を見ることができます。
6000系の6021号は一両のみアルミ製でした。以降、相鉄はアルミ製車両を量産導入しました。

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ED10形電気機関車(ED11)

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相鉄トフ400形貨車。無蓋貨車で中央に車掌室がある。
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2000系(モニ2005)。戦災復興車両で国電などが譲渡され、のち形式統合された。旧5000系製造後も普通電車といえばこれでした。色も黄色で初めから事業用車のようでした。

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吊り掛け駆動でしたが、そのまま車体のみアルミ製に更新した2100系も存在しました。
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(旧)6000系。しばらくはこの黄緑色が相鉄の標準色となり、新6000系も同じ塗色でした。筆者には馴染み深い車両です。
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事業用車(700系モヤ700形)も見えました。

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