電車の風景

1999年開設したHP「阪神電車の風景」の書庫としてスタートしました。 阪神以外にもテーマを広げていくため「電車の風景」と変更しました。

カテゴリ:阪神電車の風景 > 阪神電車の風景 各駅風景

神戸市立御影公会堂は、神戸市東灘区御影石町にある、「阪神間モダニズム」の一つとされる昭和初期の建築です。

1933年(昭和8年)に御影町公会堂として完成しました。設計は清水栄二で同時期に近所の魚崎小学校、魚崎町役場も手掛けており、施工は甲子園球場も施工した大林組です。

筆者は魚崎小学校などは行ったことがありますが、なぜか(用もなかったので)御影公会堂は行ったことがなかったので行ってみることにしました。




阪神電車石屋川駅

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石屋川を上流に少し歩くと国道2号線があります。そこに御影公会堂が建っています。

太平洋戦争の空襲、阪神大震災に耐え、国の登録有形文化財に2018年登録されました。

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国道2号線にはかつて阪神電気鉄道国道線が野田から西灘、東神戸まで走っており、公会堂の前にも「上石屋」停留所があったそうです。国道上に見える中央分離帯のゼブラはその名残りなのでしょうか。

ちなみにこの国道線の停留所は一般の路面電車のホームは無く、ただ道路上に停まって路面に直接乗降するものでした。なんでも元々あったホームを太平洋戦争時日本軍が撤去して緊急の滑走路に使えるようにしたとか。電車にステップがついていたものの危険極まりない乗降でして、幼少時に乗った時に怖くて降りられなかったことを覚えています。

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石屋川橋も歴史があります。国道2号線は「阪神国道」として1926年(昭和元年)12月25日 に 開通しました。

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御影公会堂は2017年にリニューアルしており、バリアフリーに配慮しています。

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正面玄関内部。天井の梁にもアーチ状にデザインが施されています。

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地下に降りると御影郷土資料室と嘉納治五郎記念コーナーがあります。

ちなみに嘉納治五郎は講道館創設者の柔道家のことですが、元々御影に「灘の生一本」で知られる、灘五郷の菊正宗と白鶴の酒造で財を成していた「嘉納財閥」が寄付して御影公会堂が出来た事もあり、その一族に嘉納治五郎がいたため。なお嘉納治五郎は「灘中等学校」の創立に関わっています。

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地下には食堂があります。

この食堂は洋食レストランで、御影公会堂開館当初からあるそうで、その伝統が受け継がれています。

内部は明かりの入る窓がある高級レストランです。

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天井の意匠も残されています。
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平日の昼に御影公会堂の食堂でランチを食べ、阪神が勝った新聞を読む、というセレブのマネをしてきました。(笑)
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いつもの阪神電車淀川鉄橋ですが、1999年当時の車両は今とは随分違って見えます。
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会社に入って一年、カメラをオリンパスOM-2nからニコンFE2に変えていました。
魚崎駅はホーム屋根が長くなっていましたが、まだ小さな各駅停車のみが停まる駅でした。
夕方に近い西日が当たります。

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この1984年には武庫川線の延長が開業した頃で、8000系(1次車)はそのために製造されることになった車両です。実際に武庫川線に入ったのは2両編成の7861形ですが。
しかし8000系の車体は3801形と同じと言いながら、全面貫通幌が無くなってのっぺらぼうです。3801形推しの筆者はちょっとショックでした。 
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3801-3901形のデザインがこの頃の阪神電車の完成形だと思います。
この第一編成はその後1985年運行離脱、翌年廃車されてしまいます。 
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西日の逆光でもニッコールレンズはゴーストが出ませんでした。
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この3801形は1977年製造の第3編成。初めて行き先表示器が初めからついた編成です。
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上記3801形と同じ車体を持ち同時期に製造された新5001形ですが行き先表示器は未装着でした。この頃の各駅停車は梅田ー元町間の運行がほとんどでした。
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冷房、電機子チョッパ改造後の5151形。阪神大震災で廃車、形式消滅になった唯一の形式。

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1982年4月、阪神梅田から福島に向けて歩きました。
梅田地下トンネル出口は撮影できる場所がなく、出入橋付近の踏切で撮影しました。
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前面展望から梅田地下線トンネル入口を見る。
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(1983年8月)

1984年5月、国鉄大阪環状線の福島駅から、なにわ筋の阪神電車。

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夏の夕方、活気ある阪神電車梅田駅の情景。

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この日はこれから甲子園でナイターがあるのでしょう。
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1983年当時、普通(各停)車は1番線発着でした。
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2009年には魚崎から上り線が仮線に切り替わり高架化工事が本格化しました。仮線切り替え直前の様子です。
魚崎駅から青木方向を見ると、仮線ができています。
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新しいガーター橋が設置されています。
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横屋歩行者用踏切も仮線工事が進んでいます。
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明治時代から100年以上続いた線形がまた一つ変わって行きます。
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天井川の起伏が見えるこの構図も無くなります。
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十二間道路という愛称のその名の通り幅の広い道路が岡本、摂津本山から青木にかけて南北に走っています。そこを横切る阪神の踏切も遮断機が長いです。
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1月真冬の六甲山には雪が残っています。
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 国道43号線の歩道橋から見た十二間道路の踏切です。
国道43号線は「第二阪神国道」=「二国」 と呼ばれていますが、国道2号線が「一国」なのでややこしくなってます。(最近は国道43号=「ヨンサン」国道2号=「ニコク」と呼ぶこともあるようで余計ややこしい)京浜間でも国道1号線が「第二京浜」、国道15号が「第一京浜」なのでややこしいのは同じです。

阪神西大阪線は、2009年3月になんば線と改称し、阪神西九条駅から大阪難波駅まで延伸開業しました。
その2ヶ月前、阪神なんば線の訓練運転が行われていた頃、西九条に行きました。
 
JR西九条駅から見た阪神なんば線西九条駅拡大工事。この駅屋根の上を本当に通れるのか1964年からずっと心配されていました(笑)。
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防音シールドの先に安治川橋梁。ここから一気に地下へ潜ります。
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西側は、阪神西大阪線として1964年に開通しています。駅の東半分と西半分で45年の時間差があります。
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まだ難波方面には車止めがあります。試運転時には取り除けるよう簡易的なものでした。
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普通4両編成で12分間隔、2編成が交互に走るローカル線でした。
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4両編成の最後尾運転台から見ると10両編成に対応する長いホームが見えています。
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伝法駅から淀川鉄橋方向。
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福駅から淀川鉄橋方向を見る。
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阪神西大阪線新淀川橋梁。4両編成の5500系が走ることは延伸開業でなくなりました。
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(新)1000系2両編成x2。 
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2022年現在、新淀川橋梁かけ直し工事に入っており、すでに福駅は仮線に変更されています。
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阪神尼崎駅の「丘」には訓練運転用の近鉄車両がありました。
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2002年打出駅にて。
筆者にはなじみのない駅ですが、となりの香枦園駅まで高架化され、となりの芦屋から魚崎駅までが次の高架化工事予定区間です(2002年当時)。阪神標準タイプ の地平駅の一つでしたが今では貴重な地平駅になりました。 
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地下改札。手前には自動券売機と駅員詰め所、写真奥は売店。昔の魚崎駅も同じ構造だったので、懐かしく感じた。
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ホームは石積みの側壁。平日だったので学生の姿が市民の足としての阪神電車を感じさせ、なぜかほっとしますね。
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加速する阪神ジェットカー。こういう景色が次の阪神電車ファンを生むのです。
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打出駅は阪神電車の中で今や貴重な地平駅になりましたが、この当時はまだ阪神地平駅の標準的な作りの駅という認識でした。

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駅の東側に行ってみました。
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駅の西側に移動しました。
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横浜から、当時走っていた阪神電鉄高速バスに乗って早朝大阪に着きました。朝日の当たる淀川鉄橋です。
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