電車の風景

1999年開設したHP「阪神電車の風景」の書庫としてスタートしました。 阪神以外にもテーマを広げていくため「電車の風景」と変更しました。

カテゴリ:阪神電車の風景 > 芦屋駅ー深江駅ー青木駅

深江駅は高架になってから今回初めて降りました。
一直線の線路です。

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 地平駅の頃が懐かしい。線路跡はまだこれから整備です。

魚崎駅から大阪梅田方向に一駅進むと青木駅です。
青木は「おおぎ」と読みます。
2019年、魚崎ー芦屋間が上下線共に高架化されたため、地上駅時代の写真は貴重なものになってしまいました。その地上時代の2004年7月の写真です。

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当時の阪神地上駅標準の地下改札へ降りる駅入り口が山側浜側に各1ヶ所ずつあります。
ホームは2面4線の島式ホームで、これも待避線の多い阪神の標準型といえます。 
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この写真のみ1984年ですが、2004年までほとんど変わっていません。
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青木駅は普段は待避線は使いません。区間特急の退避と青木始発の区間急行発着に使うくらいです。ですが野球シーズンには臨時列車の回送待機に使っているので重要な設備です。
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地下改札の情景。これも昔の阪神標準です。
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青木駅が最も有名になったのは1995年阪神大震災の時、初めて神戸市内まで電車が乗り入れたのが阪神電車であり、その駅が青木駅だったからでした。
筆者は魚崎に住む親戚宅が倒壊したのでその片付けに向かうにあたり、阪神電車が甲子園から青木まで部分復旧するというニュースを見て大変感動しました。行き先表示器には青木の文字はないので紙製の表示が前面窓に貼られていました。写真は1995年1月28日。
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ところで青木は難読駅名の一つです。以前のホームページに記述していた文です。
                                        
先日、このホームページをご覧になった青木在住の方からご指摘いただきました。

筆者は阪神の青木を「おうぎ」と読み仮名をふっていました。これは大物(だいもつ)などと同じように他の地域では読めない漢字の地名だったので「あおき」とは呼んで欲しくないからでした。ところが阪神の駅標示などは「おおぎ」だったのです。このHPでは青木は阪神の駅名を指すので、ここに訂正します。ご指摘ありがとうございました。

ところで、筆者がやっとひらがなが読めるようになった頃、駅名には「あうぎ」というふりがながあったと記憶しています。わざわざ叔父に尋ねて「あ」を「お」と読むと教えてもらったことも覚えています。

今回改めてホームページを頼りに調べてみますと、以下のURL(青木地区センターのHP)に地名の由来が出ています。

http://www.warp.or.jp/~kiraku/ogi.htm

これによればもともと青亀の上がった浜が由来で「あふぎ」と仮名で書いたそうです。新仮名遣いに改めて「おおぎ」となったようです。通常「あふ」は「おう」になるのであって、「扇」(あふぎ>おうぎ)がそうです。「あお」が「おお」となった例では「仰ぐ」(あおぐ)が「仰木」(おおぎ)があります。実際現地でも「おうぎ」の表記は見られるようですので、完全に間違いではないものの阪神電車の「青木」は「おおぎ」であることは先に述べたように明白です。

いただいたメールからちょっと調べた結果報告でした。

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まあ「おうぎ」表記もありますが、阪神の駅名は「おおぎ」(o-gi)です。 


 

この記事の写真は、魚崎駅から青木駅の続きです。2002年当時最新のコンデジNikonE990で撮影したので、今となっては色が再現できず薄い色になってしまいましたが、それも時代ということで。
2002年4月30日に撮影した魚崎駅から芦屋駅まで散歩したときの”記憶”写真を紹介します
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2002年4月30日に青木から芦屋まで歩いてみました。この区間も神戸市内高架化工事で変わってしまいました。

これは架線柱のコンクリート基礎が高くなっているものですが、阪神公式ページ「まにあっく阪神」(現在消去)の「歴史のある風景」で、太平洋戦争の空爆により破損したものを補強した、とあります。
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ここにもお地蔵さん。 
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深江駅は神戸市の東端。となりは芦屋市。
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阪神電車ではめずらしく直線路区間が続く。
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なぞの構造物。これも洪水時の排水路を想定したものでしょうか。
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お地蔵さんがここにも。
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9300系が快走。
「阪神電車ってかっこいい」
こういう姿を小さな子供が見ることで、未来の顧客が増えると思うのですが。
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芦屋西方の公園。
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芦屋駅近くに残る松の木。
この木も印象に残る風景です。阪神電車には松が似合う。
芦屋駅は芦屋川上にあるので、急勾配で登る。電車だけでなく道路も登るので駅に走るのは楽ではない。
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芦屋駅から見える教会その1
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芦屋駅西方の踏切から。目的の電車が止まっていてもここからでは間に合わない。
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芦屋から神戸方向へ駆け下りる5500系。松が往年の阪神沿線を偲ばせる。上の写真の松ですが、よく電車とマッチしています。
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芦屋川も美しい川。この上にある駅も涼しげです。芦屋令嬢がよく似合う(そういう絵面にはなかなか会ったことはないけれど)。
遠くに教会が見えます。
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高架化工事が完了し、地上からは阪神電車が見えなくなってしまい、このような風景は見られなくなりました。 
 

1980年3月撮影
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1981年5月撮影
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2009年には魚崎から上り線が仮線に切り替わり高架化工事が本格化しました。仮線切り替え直前の様子です。
魚崎駅から青木方向を見ると、仮線ができています。
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新しいガーター橋が設置されています。
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横屋歩行者用踏切も仮線工事が進んでいます。
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明治時代から100年以上続いた線形がまた一つ変わって行きます。
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天井川の起伏が見えるこの構図も無くなります。
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十二間道路という愛称のその名の通り幅の広い道路が岡本、摂津本山から青木にかけて南北に走っています。そこを横切る阪神の踏切も遮断機が長いです。
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1月真冬の六甲山には雪が残っています。
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 国道43号線の歩道橋から見た十二間道路の踏切です。
国道43号線は「第二阪神国道」=「二国」 と呼ばれていますが、国道2号線が「一国」なのでややこしくなってます。(最近は国道43号=「ヨンサン」国道2号=「ニコク」と呼ぶこともあるようで余計ややこしい)京浜間でも国道1号線が「第二京浜」、国道15号が「第一京浜」なのでややこしいのは同じです。

1983年の夏休み、朝から暑い日でした。

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2022年6月、高架化工事が終わった魚崎駅から青木駅まで歩きました。
筆者にとって小さい頃から馴染んだ風景がどう変わったのか見ることができました。そのため写真枚数が多くなりましたが、別記事にある魚崎駅の地上風景と比較して定点写真として見ることができます。

魚崎駅から六甲ライナーと住吉川。
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住吉川西岸
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魚崎駅浜側
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魚崎駅山側
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魚崎小学校と魚崎児童館・魚崎地域福祉センター(旧魚崎町役場)
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魚崎本山線を跨ぐ高架は高くなりました。もう道路を下げなくても大丈夫だから平らに戻しては。
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青木方向へ
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地蔵がいました。
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市営魚崎南住宅横の歩行者用、魚崎横屋踏切があったところ
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十二間道路。
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あまりに電車がないと味気ないので深江駅からの新旧阪神ジェットカー
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