電車の風景

1999年開設したHP「阪神電車の風景」の書庫としてスタートしました。 阪神以外にもテーマを広げていくため「電車の風景」と変更しました。

カテゴリ:阪神電車の風景 > 住吉駅ー御影駅ー石屋川駅

2002年5月に記述した記事です。
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阪神住吉駅はJR住吉駅とは離れており、JRの方が六甲ライナー開業と再開発により快速も止まる大きな駅に発展したのに、阪神は小さな駅のま まです。しかし、この駅は1929年(昭和4年)に阪神初の高架になった住吉、御影、石屋川の区間で、由緒のある駅です。明治開業期からこの区間が併用軌道で、スピードアップのネックだったので、同じ時期に併用軌道から地下化された岩屋-三宮間の完成と共に阪神創業期からの念願かなった重要な高架線なのです。 
一見して特徴のある架線柱と駅上屋。ホーム長さも、各停専用駅なので4両に対応しているだけ。
明治開業の阪神にとって、新しい駅だが、どんどん高架化工事が進む中、昔を偲ばせる建造物の一つである。
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ホームへの階段。円い窓が当時の凝った意匠とその意気込みをうかがわせる。
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改札口外側から見た。手前のこの道路上に昔は電車が走っていた。
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上の写真と反対側にも同じ丸窓の意匠が施されている。
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 これは魚崎駅から住吉方向を見た写真。ちょっと分かりにくいが、この先で右に急カーブして住吉の高架にはいる。ここは松原曲線と呼ばれているそうで、明治の写真では松林に覆われていた。名残の松が最近まであった。現在は急勾配を改善する高架化工事が進む。
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(1983年撮影)
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(1979年撮影)


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電子展示会「写真の中の明治・大正」国立国会図書館所蔵写真帳 より転載
住吉駅から住吉川築堤、魚崎駅方向を見た構図です。築堤には松が植えられています。


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その工事中の下り線に残った小さなガーター橋には「昭和四年」の文字が。住吉-石屋川の高架に付随した区間であることが分かる。ここも、もうじき無くなる。
 
(2002年5月記述) 

1980年の阪神御影駅。隣には長崎屋があって賑わっていました。

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西側を見ると、阪神急行線計画の名残り、複々線になっており、留置線として使われていました。
阪神大震災時には土盛が崩れて、 車両が転倒しました。復旧時に線形も変わりました。
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当時の優等列車は2番線に停車。
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1番線には各駅停車。
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下方面は3番線に優等電車、4番線に各駅停車。
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この写真は魚崎駅。
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夏の夕方の魚崎駅です。松並木が涼しげです。
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1981年、神戸は神戸ポートアイランド博覧会「ポートピア’81」で賑わっていました。
阪神電車もヘッドマークをつけた急行が梅田ー三宮間で走りました。
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住吉駅方向の見事な架線柱。
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石屋川駅方向の架線柱も見事。
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御影駅では、この頃新しく買った望遠レンズ(Ai ED Nikkor 180mmf/2.8s)の圧縮効果を使って密集した鉄骨架線柱を撮影するのが面白かったのですが、大抵他所へ出かけた帰り、特急から各停に乗り換えるため降りた時に撮影するので夕方の撮影が多かったようです。やっとリバーサルカラーフィルムが買えるようになったようです;)。
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この日は珍しく昼間のうちに御影駅で撮影したようです。
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住吉駅から御影駅方向。
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神戸市立御影公会堂は、神戸市東灘区御影石町にある、「阪神間モダニズム」の一つとされる昭和初期の建築です。

1933年(昭和8年)に御影町公会堂として完成しました。設計は清水栄二で同時期に近所の魚崎小学校、魚崎町役場も手掛けており、施工は甲子園球場も施工した大林組です。

筆者は魚崎小学校などは行ったことがありますが、なぜか(用もなかったので)御影公会堂は行ったことがなかったので行ってみることにしました。




阪神電車石屋川駅

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石屋川を上流に少し歩くと国道2号線があります。そこに御影公会堂が建っています。

太平洋戦争の空襲、阪神大震災に耐え、国の登録有形文化財に2018年登録されました。

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国道2号線にはかつて阪神電気鉄道国道線が野田から西灘、東神戸まで走っており、公会堂の前にも「上石屋」停留所があったそうです。国道上に見える中央分離帯のゼブラはその名残りなのでしょうか。

ちなみにこの国道線の停留所は一般の路面電車のホームは無く、ただ道路上に停まって路面に直接乗降するものでした。なんでも元々あったホームを太平洋戦争時日本軍が撤去して緊急の滑走路に使えるようにしたとか。電車にステップがついていたものの危険極まりない乗降でして、幼少時に乗った時に怖くて降りられなかったことを覚えています。

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石屋川橋も歴史があります。国道2号線は「阪神国道」として1926年(昭和元年)12月25日 に 開通しました。

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御影公会堂は2017年にリニューアルしており、バリアフリーに配慮しています。

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正面玄関内部。天井の梁にもアーチ状にデザインが施されています。

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地下に降りると御影郷土資料室と嘉納治五郎記念コーナーがあります。

ちなみに嘉納治五郎は講道館創設者の柔道家のことですが、元々御影に「灘の生一本」で知られる、灘五郷の菊正宗と白鶴の酒造で財を成していた「嘉納財閥」が寄付して御影公会堂が出来た事もあり、その一族に嘉納治五郎がいたため。なお嘉納治五郎は「灘中等学校」の創立に関わっています。

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地下には食堂があります。

この食堂は洋食レストランで、御影公会堂開館当初からあるそうで、その伝統が受け継がれています。

内部は明かりの入る窓がある高級レストランです。

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天井の意匠も残されています。
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平日の昼に御影公会堂の食堂でランチを食べ、阪神が勝った新聞を読む、というセレブのマネをしてきました。(笑)
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