電車の風景

1999年開設したHP「阪神電車の風景」の書庫としてスタートしました。 阪神以外にもテーマを広げていくため「電車の風景」と変更しました。

カテゴリ: 野上電鉄

野上電気鉄道は1994年3月31日に最終運転をもって廃止されました。1992年に国の補助金打ち切りがあって、廃止反対運動もあったようですが経営改善もできず赤字額が大きすぎたようです。その前年春の大型連休中に行きました。
日方駅。車体の錆も補修されず痛々しい。
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廃止と聞いて来たであろう親子連れが記念撮影。
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モハ24はそのデザインが特徴的ということで、広告電車として収入を補ってきました。
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阪神371形のち601形604として1924年(大正13年)に製造された半鋼製車。
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すぐそこに連絡口駅。
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連絡口駅には多くの鉄道ファンがいます。
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終点の登山口駅まで乗ったようです。すぐにとんぼ返りしました。
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乗車券は車内で販売していました。
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連絡口駅で降車。目の前にはクハ104(阪神1121形1122の譲受車)とモハ30形(車番不明。これも旧阪神小型車)。
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先には乗ってきたデ10形と日方駅。
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連絡口駅の駅舎内。
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JR紀勢本線の海南駅から見た日方駅です。
こうして筆者は野上電気鉄道と惜別しました。 

1985年の夏、再び野上電鉄を訪れました。
暑い夏で、遠くのラジオからは夏の甲子園高校野球でPL学園の清原がホームランを打ったと流れていました。
「国鉄」海南駅を降りて連絡口駅から野上電鉄に乗りました。
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終点の登山口駅。
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モハ27=阪神701形707の譲受車が運用に入っていました。
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 真夏の暑さの中を歩き回り大変でしたが良い思い出写真が撮れました。

1984年春、レンゲ草が咲く長閑な中を野上電鉄もまだのんびり走っていました。
野上電気鉄道は1916年(大正5年)に開業、1994年に廃止されました。阪神電車の旧型車など大手私鉄からの譲渡車両が多く残っていて雰囲気のある鉄道でした、
日方駅は開業時からの起点駅でした。国鉄紀勢線の海南駅が後からできたので数百メートル先ですが日方駅構内に連絡口駅ができました。
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車庫にはモハ24、阪神旧型車が停まっていました。これは阪神601形604の車体で、5枚窓の前面が珍しくて人気がありました。今は阪神の尼崎センタープール前駅下に保存されています。

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車庫の中にも阪神旧型車。
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モハ31が 阪神1121形1130の譲受車。モハ32 は阪神1141形1150。この車両は阪神に返却され、尼崎センタープール前駅下に保存されています。
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この日の運用に当たっていたのはモハ23。阪急1形26の車体を改造。
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デ12は富山地方鉄道デ5035の譲渡車。
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運転間隔はもうこの時には30分や60分間隔だったと思うので、我ながらよくまあ長時間いたものだと思います。友人の車に乗せてもらっていたのか忘れましたが、最後は海南駅まで行って紀勢線に乗ったようです。
連絡口駅から見た引き込み線に停まっていたクハ104は阪神1121形1122の譲受車。電装解除してクハになっていました。
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