阪神甲子園球場は2014年に90周年で、球場の大規模改修が終わり、外壁のツタがいまのところ無くなってしまいました。これからまたツタが伸びるまで何年かかかるでしょう。ここでは2004年、80周年の甲子園をお伝えします。
80周年を迎えた阪神甲子園球場を紹介します。
2004年、阪神タイガースは苦戦していますが、甲子園球場は80周年。タイガース誕生以前にすでに建設されていました。
阪神沿線で最も有名な場所、と言っても過言ではないでしょう。
野球の聖地、甲子園球場は、阪神電車、甲子園駅で降りる。
2004年7月に訪れた甲子園球場。まず改札からメインゲートへ向かうと「夢をつないで80年」の文字が。
甲子園駅と球場の間には高架道路がはしっていて視界が遮られるが、白砂を歩いてゆく道は変わらない。
甲子園球場と言えば、外壁のツタが有名。もとは安上がりの外装と思って植えたそうだが、今では重厚な風格さえ漂う。
新球場の計画もあるが、ツタは採用されるそうだ。
歴史の一環、日米野球のベーブルースのレリーフ。
もともと甲子園球場は中等(現:高校)野球全国大会の開催場として誕生したので、 職業野球の方があとから使用するようになった。球団の歴史として発足当初の球団が存続しているのは、読売、近鉄(歴史は浅いが)(<2004年当時)くらいで、まさしく伝統の 球団。球場内には歴史博物館がある。
レリーフには歴代監督や名選手の名が。景浦、藤本の戦前からの名選手から、最新のは野村元監督;)星野前監督のはどこ かにあったのか、見つからなかった。
江夏、田淵もいろいろあったが阪神の歴史に名を刻んだ選手として展示。
掛布、バースはどうだったかな。1985年以降の展示はまだ雑然としている。2003年のセントラルリーグ優勝が最新の展示物。
現在の球場レイアウトが上。下は建設当時の姿。有名な内野席の大屋根は、当初「鉄傘(てつさん)」と呼ばれアルプススタンドにまで 及ぶ大きなものだったが、戦時供出で無くなった。戦後、アルミ板で再建され「銀傘」と言うようになった。
歴史を物語る通用門表記。この前年、2003年は阪神タイガースがセ・リーグ優勝した。
大活躍した金本選手。
風船あげも虚しくこの試合は敗戦。
阪神電車は、試合が終わるのを見計らって、臨時電車を運転。
優勝記念ヘッドマークと臨時特急マークのダブル。