電車の風景

1999年開設したHP「阪神電車の風景」の書庫としてスタートしました。 阪神以外にもテーマを広げていくため「電車の風景」と変更しました。

2015年04月

阪神甲子園球場は2014年に90周年で、球場の大規模改修が終わり、外壁のツタがいまのところ無くなってしまいました。これからまたツタが伸びるまで何年かかかるでしょう。ここでは2004年、80周年の甲子園をお伝えします。


80周年を迎えた阪神甲子園球場を紹介します。
2004年、阪神タイガースは苦戦していますが、甲子園球場は80周年。タイガース誕生以前にすでに建設されていました。
阪神沿線で最も有名な場所、と言っても過言ではないでしょう。

野球の聖地、甲子園球場は、阪神電車、甲子園駅で降りる。
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2004年7月に訪れた甲子園球場。まず改札からメインゲートへ向かうと「夢をつないで80年」の文字が。  
甲子園駅と球場の間には高架道路がはしっていて視界が遮られるが、白砂を歩いてゆく道は変わらない。
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甲子園球場と言えば、外壁のツタが有名。もとは安上がりの外装と思って植えたそうだが、今では重厚な風格さえ漂う。 
新球場の計画もあるが、ツタは採用されるそうだ。
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歴史の一環、日米野球のベーブルースのレリーフ。

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もともと甲子園球場は中等(現:高校)野球全国大会の開催場として誕生したので、 職業野球の方があとから使用するようになった。球団の歴史として発足当初の球団が存続しているのは、読売、近鉄(歴史は浅いが)(<2004年当時)くらいで、まさしく伝統の 球団。球場内には歴史博物館がある。
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レリーフには歴代監督や名選手の名が。景浦、藤本の戦前からの名選手から、最新のは野村元監督;)星野前監督のはどこ かにあったのか、見つからなかった。
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江夏、田淵もいろいろあったが阪神の歴史に名を刻んだ選手として展示。 
掛布、バースはどうだったかな。1985年以降の展示はまだ雑然としている。2003年のセントラルリーグ優勝が最新の展示物。
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現在の球場レイアウトが上。下は建設当時の姿。有名な内野席の大屋根は、当初「鉄傘(てつさん)」と呼ばれアルプススタンドにまで 及ぶ大きなものだったが、戦時供出で無くなった。戦後、アルミ板で再建され「銀傘」と言うようになった。
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歴史を物語る通用門表記。
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この前年、2003年は阪神タイガースがセ・リーグ優勝した。
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大活躍した金本選手。
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風船あげも虚しくこの試合は敗戦。
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阪神電車は、試合が終わるのを見計らって、臨時電車を運転。
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優勝記念ヘッドマークと臨時特急マークのダブル。
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阪神武庫川駅は阪神間にあって川幅も広い武庫川の上にあるので、駅の東と西は対岸にあり、ほんとうの”橋上”駅です。2004年の写真です。



芦屋駅もそうだが、武庫川駅は完全に武庫川の橋の上にある駅だ。ホームに立って川風に当たると涼しい・・といっても暑い。冬も寒い し、見た目ほど居心地の良い駅ではない。 
しかし昔の阪神電車の駅をとどめ、「近畿の駅百選」に選ばれた。

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夏草の茂る阪神沿線を武庫川へ向けて歩いて行きました。
2004年の写真を主に、2003年などの写真を交えています。

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鳴尾から武庫川にかけて、土手を駆け上がる。
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しばらく武庫川まで直線区間になるが、その途中に分岐線がある。これは阪神武庫川線への連絡線である。 

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本線は武庫川を渡るため堤防より高度をまして行くが、武庫川線は堤防の下を走るので、下り気味である。この構造はかなり昔から踏襲 されていて、小型車時代の写真も見るが、この連絡線は武庫川線が単行から二両連結になり、また登りつつある本線から下りながらカーブを切る形のため、良く脱線事故を起こしたらしい。
そのため何度か線路の改修が行われたと言うことだ。
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阪神武庫川線は本線と直接の連絡はなく、駅のホームを歩いて乗り換えなくてはならない。 

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武庫川線は戦時輸送のため1943年、阪神の路線としては武庫川大橋-洲先間、国鉄貨物の乗り入れをするため、3線区間として建設 された。戦後は武庫川-洲先間で単行運行されていた。1984年、武庫川団地前駅へ延長され、二両編成となった。駅舎も武庫川線用にかわいらしいものが建てられ、イメージを一新した。
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甲子園から武庫川までの架線柱は高圧線を上段に通すことのできる二段架線柱だ。
かつては阪神本線前線にわたり見られた二段架線柱だが、今ではここでしか見られない。戦前から残った架線柱だが、その時代にここま で立派な架線柱を持っていた鉄道は少ないのではないか。
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兵庫医大の前で、土手を駆け下りる阪神電車を狙うのは最近の筆者の定番だ。 
特に夏草が土手に茂り、西日が当たるときは良い。が、大変暑い中での撮影となる。
二段架線柱を仰いで撮る構図は巧くバックが消えて、ここに良い雲が出たら最高だ。
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この写真は武庫川駅横を通る連絡歩道橋から撮ったものだ。ここも過去に良く写真で見た構図だが駅舎の新築に合わせ街路灯がついたの で、今ではなかなか巧く処理できない。
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武庫川駅に到着。

2004年、甲子園球場が80周年のときに訪れた時の記録です。


今や、阪神電鉄で唯一の存在となった、二段架線柱の残る区間を歩いてみました。
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甲子園駅は武庫川の支流を埋め立てたところに球場を建設し、臨時停留所を常設の駅に格上げされた。かつては路面電車の阪神甲子園線 がガード下を走る接続駅だった。右側の写真の中で売店の前に立つ鉄柱がその架線柱のなごりだ。 

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左の写真は球場側の改札であるが、前にダイエーがある。2003日本シリーズ前にはホークスの応援歌を流し、タイガースの応援グッ ズを売っていた。その隣には近鉄系の「都ホテル」だったが今は「ノボテル甲子園」となって系列が変わってしまった。

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山側から見たホームには甲子園球場と同じツタが巻きついていた。
 
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ホームの下はがっちりした支柱で支えられている。
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地平区間から一気に高架駅へ登る構図は甲子園駅ホームから狙った写真が昔から定番で、昔は大きな松の木が残っていた。 
また、古い写真には土手を上った線路脇から撮った写真も見られるが、現在は写真のようにフェンスで囲われているので撮影できない。
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甲子園80周年記念の5500特別塗装。
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鳴尾方面に向かうと地上に降りて地平区間になる。
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住宅地の雰囲気は、甲子園球場のすぐそばとは思えないくらい静か。
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八幡神社の参道の直前に阪神の線路がある。古くからある神社で、この参道を迂回するように阪神電車はS字カーブを描いている。
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鳥居 を通して電車が見られる。鎌倉の江ノ電などのように路面電車風の鉄道なら似たような風景が見られるが、都市間高速鉄道では珍しい光景だ。
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鳴尾駅横の変電所(跡?)。
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かなり古い建物のようだ。震災前には西宮駅前に煉瓦造りの変電所があったのだが震災で倒壊してしまい、阪神間では尼崎変電所跡とこ こが残っているだけだ。

数年前までは写真の本線上の架線柱へ変電所から太い送電
線が通じていたと思うが、今はそれもなく、機能は停止したようだ。
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鳴尾駅は武庫川女子大付属高校、中学の最寄り駅なので、学生専用改札口がある。夏休み中はこのように閉鎖。
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